ピリポ寿司エンジン


築地深海の繁華街はまるで色とりどりの発光クラゲが群れているように虹色の光をコンクリートの地底に反射させていた。赤い光の下では活気に溢れた店主が列に並ぶ人に廃棄チラシの粥と何らかのチケットを交換している。また青い光の下では露出の多い服を着た女性がタバコをふかして道行く人に流し目を送っている。黄色の光の下ではチケットと品物が飛び交い、人だかりが出来ていた。

どの通りも人の流れが尽きず、ひっきりなしに店に入り出ては行き交っている。俺は月に一度の4番街名物のジャンク市を思い出した。ここでは毎日こんなに賑わっているのだろうか。

シロワニが驚いている俺とアイスフィッシュを見て肩をすくめた。俺は率直な感想を口に出した。

「地下街だと聞いてたがすごいな」

「電車も走ってる。上の4番街より栄えてるかもな。」

「寿司発電車?見てみたい」

「後でな」

紫のネオンの店の横の路地に入るシロワニの後に続く。壁から滴る地下水が壁にそって掘られた側溝を流れていく。側溝には石灰が溜まって水が溢れていた。浅い水たまりを歩いていくとカーテンで遮られた古いスペースがあった。

「ここだ」

シロワニが立ち止まって言った。動物が刺繍されたカーテンの中からはタバコとも付かない甘い香りの煙が漏れ出ていて、スペースの年代的重みと合わさって幻想的ですらあった。

突然カーテンの中から若い男が顔を出した。

「あ、新しい方ですね。どうぞ」

誘われて入るとスペースのなかは意外と広く8畳ほど。俺のスペースは2畳ほどだったのでそれよりずいぶん広い。部屋の中を見回すと、様々な細工品や工芸品が並んでいる。熊やカササギ、様々な動物たちの意匠が並んでいる。

「きた。」

声のした方へ注意を向けると、木でできた動物たちに混ざり木彫り細工と見まごうような老人が奥の壁にもたれて紫煙を吐き出していた。彼が首長か。歳は最早判別できない程の老齢。手足は枯れ木のようであり、首と手首足首には無数の飾りがぶら下がっている。しかし光を失っていない目は老人が未だ現役であることを告げている。

「すわる。」

「座ってもらって結構ですよ」

先の青年が促した。

「おもてことば、にがて、スペインことばとくらやみことば、つかう」

「地上の言葉よりスペイン語と暗闇語のほうが得意だ、とのことです。」

「くらやみご?」

「築地深海の共用語です。ここ以外では使われませんが。」

青年は首長の世話係だろうか。歳は20かそこらに見える、常に温和な表情の男だ。

「チーフ、よばれる。でもとしより、だけ。ここ、できたときから、いる。」

「首長と呼ばれているが年を取っているだけだ、ここが出来たときから居るから。とのことです。またまたご冗談を。」

「うるさい、あっち。はやく」

「あ、怒られちゃいました。本当に大丈夫ですか?少し外しますが、外にいますので分からないことがあったら呼んで下さい。」

青年はスペースの外へ出ていった。首長は手招きをして3人を近くに寄らせると小声になった。

「なぜ、くる。」

首長の目は一層鋭くなった。彼は俺達がなぜ地下街に来たかを問いただしているのだ。きっと築地深海の平穏のために。

「マフィアに追われてきました。安全な場所はもうここしか無いと思って。」

これは嘘ではないが、全部でもない。

「うそ、しってる。やくにん、マフィア、なぜ。」

首長は嘘を見抜いた。いや、最初から把握していたというニュアンスを感じた。首長は想像以上に地上の事情を知っている。俺は安易な嘘を後悔する。しかしここまで事情を知っているなら、首長が求める答えが何かわからなくなった。

「私が説明します」

アイスフィッシュが首長に提案する。俺も彼女から詳しい話は聞いたことはない。きっと首長が求める答えはアイスフィッシュしか知らないのだ。彼女は少し間を置いてから話し始めた。

「私は築地・コアから来ました。」

部屋の空気が張りつめた。築地・コア。4番街生まれの俺にとっては天上に等しい、築地の中心地の中心地。寿司エネルギー循環の起点。日本中の米と海産が集まる真の築地。

「寿司消滅を防ぐために。」

寿司消滅、と聞くと首長は目を見開き、次に両手を組み合わせて祈り始めた。彼女は事の始まりからゆっくりと話し始めた。





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