彼氏、どんでん返し、オタク


私にはオタクの彼氏がいる。

別に、不満はない。
そりゃあ私のことを差し置いて「嫁だ!」とか、「〇〇ちゃん!(声優か架空のアイドルか両方だ)」とか騒がれるのが不愉快ではない、というわけではない。

私のことは大事にしてくれるし、意外と男らしいところもある。
いや、男らしいで思い出した。

不満がない、とは一度は言ったが、撤回したい。
街なかで「オタクバトル」を始めるのは勘弁して欲しい。
それも突然、激しいやつだ。巻き込まれて死ぬかと思った。

ーーー

オタクの彼氏、キョウヤとコラボカフェに行った時のことだ。
キョウヤはどうも、『電車変身ガッシャコン』というアニメのコースターが欲しかったらしい。

その行列に並んでいる時、なんと目の前で横入りされたのだ!
もちろんキョウヤはオタクとして、いや、人として注意した。

「お主、横入りは駄目でござるよ」

「あ?テメェ武士のモノかよw」

横入りした男は凄んできた。身長は高く髪は真っ黄色。
とてもじゃないがオタクには見えない。
何よりキョウヤの古オタク言葉遣いを武士だなんて!
でも

「……いかにも、そうでござる」

「おもしれぇ!ヒャッハー!!」

キョウヤが是を返した瞬間、男は叫び、キョウヤを攻撃した!
首から下げた一眼レフカメラをキョウヤに叩きつけたのだ!

だけど

「フォカヌ法…第12式『嫁』で、ござる」

キョウヤの背中から、半透明の美少女?が浮き上がり、一眼レフを受け止めている。これが、『嫁』。オタクの作品への愛が異能として結実し人形のヴィジョンを伴ったもの。

「ケッ、12式使いか…!おもしれぇじゃねぇか!ヒャア!」

金髪男が叫び、紐を振って一眼レフを『嫁』から取り戻すと、大きく振り回し始めた。

紐が、伸びる!

辺りの壁やガラスや看板に一眼レフがぶつかり、その反動も使って金髪男は軌道予測不能の一眼レフ使いを見せる!

「やはりお主は…!」

キョウヤの目が鋭くなる。

「ヒャハァ!俺ァ、『迷惑鉄同盟』の会員番号000622、一眼レフのシュウジだ!」

「『迷惑鉄同盟』!?」

私は声に出して驚く。

「いかにも。昔、問題となった鉄道オタクを過剰擁護する余り、勢い余って迷惑こそがオタクの価値だと言い出した輩の末裔…それが奴らでござる。」

なんて奴らだ!金髪男が叫ぶ!

「そういうことォ!迷惑なほど、作品愛が強い!ワケ!」

金髪男はとうとう数メートルにも達した一眼レフの首紐をあやとりのように編み上げて強靭な首紐にしていく。それはまさしく凶器としての一眼レフ!

「拙者も『オタク見廻組』として、成敗させて貰うでござる!」

私はこの時初めて知った。キョウヤがオタクにしてオタクを狩る者、オタク自治自浄最後の砦と言われる、『オタク見廻組』だったことを。

金髪男は動揺しながらも、威勢を崩さない。

「狗風情がァ!死ねぇ!死んで俺の作品愛の証明になれ!」

キョウヤに一眼レフが迫る!危ない!

『はつしもの よるあけぬひに ほぞれがし やえくものみに うつろあれかし』

キョウヤの『嫁』、キャシー・G・アンドレアザノフ(大統領の娘であり主人公の義妹)が文芸部で読んだ短歌を詠う。

すると、一眼レフが凍りつき、空中に固定された。
いや、一眼レフだけではない。それが破壊し、キョウヤを害そうと飛んできていた破片まで、全て凍らせて無力化したのだ!

「な、なんて作品愛だ…!!」

金髪男は恐れ慄く。
当然だ。キョウヤは仕事とデートの時間以外は全て、キャシー・G・アンドレアザノフの出てくる『ドキドキ妹せいかつ!レインボー』をプレイしているのだ。迷惑で愛を語る輩に負けるわけがない。

金髪男の一眼レフは恐怖によって二眼レフになってしまった。
勝負あり。

金髪男もしょんぼりして列の後ろに並び直そうと立ち上がる。だが、甘かった。金髪男も、私も、キョウヤも。

唐突に、天から声が降りてきた。それは、破壊の声だった。

「「シュウジ氏、役に立たんとかwwwワロwww使えねーからポイだわww乙www、あと見廻組も死んどけ」」

キョウヤは何かを確信したように叫んだ。

「一桁(シングル)!!」

「「発車しまーす、発車します。」」

天から落ちてきたのは声だけではなかった。
大量の鉄くず。電車だ。電車の鉄くずが、ビルのはるか向こうの空から、落ちて、落ちて、落ちて。

「美咲!!」

キョウヤの声。私を呼ぶ。
鉄くずが皆を覆ったと思ったら、真っ暗になった。

轟音、振動、痛み。

「ゲホッ」

煙たい、いや臭い。何の臭いだ。焦げた鉄、ゴム、油。
何も見えない。手に何かがあたった。

『…スターマジカルパワー…リロリロリロリロ』

私の鞄についていた、変身ステッキだ。音を出して光る。
キョウヤが見えた。血だらけだ。そんな。

「無事でござったか…美咲殿…」

「キョウヤ…血が…そうだ!『嫁』なら!」

キョウヤの『嫁』は治療もできるはずだ。その力を使えば…!

「無駄でござる」

キョウヤは横を見た。
そこには砕け散った『嫁』が居た。

「そんな…!」

嫁は愛。生きる活力。魂のパワー。
それが砕け散ったらどうなるのか。

「私より、『嫁』を助ければ…!」

キョウヤは首を横に振った。

「なんで…!」

「聞くでござる。相手は迷惑鉄同盟の会員番号一桁クラス、もはや災害と言うに相応しいレベルでござる。歩けば破壊し、座れば虐殺する、迷惑の悪神共…ゲホッ、ゲホ」

キョウヤの口から真っ赤な血があふれる。

「キョウヤ!」

「聞くでござる!奴らの去るまで、ここで伏しているでござる。そうすれば、生き残れるやも…グッ、ゲホ」

キョウヤの『嫁』が砕け、砂へと変わっていく。

「嫌だ!嫌だ!キョウヤ…!」

『はるきたり みあげたるは やえくもの とはしまりたし うつつあれかし』

キョウヤの『嫁』は消えた。その目から命の灯も。

彼の魂は果たして誰のものだろうか。
私か『嫁』か。それはキョウヤが決めることだ。
でも、でも私は、呪言を吐いた。

「『生物法度』」

鉄くずが弾け飛ぶ。
崩れたビル。燃える都市。泣き叫ぶ人々。

高笑いする、オタク!

「「発車しまーすwwwワロwww、おん?」」

オタクが振り向く。
破綻した目、ボサボサの髪、血濡れた分厚い時刻表。
一桁。間違いない。

「「生きてるじゃーん、生きてるじゃん。」」

そう言うと、オタクが時刻表を撫でた。
オタクの背後から、汽笛。電車が来る。私に向かって!

「「特急でーすwww」」

私は特急を「受け止めて!」

爆音!瓦礫!停止!

私は背負っている。

「フォカヌ法、12式、『嫁』」

鹿狩キョウヤ。私の恋人。私の『嫁』。
ナマモノは御法度。だが、死んだ人ならば。

「「ワロwww3次とかwwww、キモいんだよぉ!!」」

私にはオタクの彼氏がいる。
男らしく、私を守って死んだのが、唯一の不満だ。

「私の、愛を喰らえ」

【終】



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