せむし・夜・びろうど


 あんた、そう、そこのあんたさ。決して、決して。夜を歩きなさるな、夜を歩きめさるな。石畳を踏みしめて、天蓋の降りたる夜を歩きなさるな。天道の陰りて異色の空に誘われて、また極の氷より澄み切った霜の下りる日のエリクシルの惑わされ、夜を歩きめさるな。

 夜を歩かば。形ある影の獣は人の血潮を嗅ぎつけて通りの隅から現れる。またそぞろに歩いて隠るる人の音をば聞きつけなお捨てられた花瓶の片より現るる。星より降る煌々の巨人をひと目見やれば人の野は枯れ落ちるゆえ見なさるな。また、その降る音を聞きやるに星々が神秘を失い一斉に燃えて墜ちるゆえ聞きなさるな。

 恐れめされよ、只人よ。夜を恐れ子を隠したもれ。異郷の時の訪れに、稀人共にその井戸の蔓を渡せ。なお恐れ只人よ。山の慈悲の苔の深きに覆いて隠された、海の偉大なヒトデの裏に仕舞われた向こうの彼岸の裏返り、また雲の端に折りたたまれた、蝸牛のねじまきの終わりの先の秘められた、この世のふたつの示した証が宵を越える前に、稀人共に夜の王冠と柵の鍵と娘の血を明け渡したもれ。

 さきもりに柵の鍵を。狼の夜には特に。なお隣人に預けられぬものの多きは特に。さらに獣の好む子供と女と家畜と蓄えた財のあることには特に。さきもり共は夜を柵より外に置く。ベッドと哺乳瓶と眠る家畜を守る稀人に鍵を渡せ。

 うろつきに夜の王冠を。鬼の夜と魔女の窯の日と全ての聖なるものを閉じ込めるカーテンの時節には。うろつきは荒野と海と山と、その他全ての人の野ではない彼岸に剣と槍と雷を突き立てて取り立てる徴税人である。夜の王冠を其れに相応しき稀人に渡せ。

 ちからびとに水を。乙女の血潮と子の涙を。なお娘の髪とへその緒とねじって設えた縄を。巨人の夜に煌々に負けぬ程に張り詰めた稀人のぎやまんの肌に相応しき縄を設えよ。押し並べての聖なるが尽きる大禍の暁にひとつの体とひとつの聖なるで挑む稀人に水を渡せ。

-〈グデン通りの宿無し詩人、ギャレグ〉


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