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外資ITで働く男たち -それぞれの苦悩-

はじめに

これは私の外資系IT業界での経験を元に、実話とフィクションを織り交ぜて創作した物語です。

外資系に転職したものの、仕事が上手くいかずにもがく若手営業マンと、狡猾な営業マネージャー、それぞれの視点でストーリーは進みます。

外資IT業界の仕事の内情(少し誇張はしていますが笑)に触れることが出来るので、同業の方やこの業界に興味がある方には関心を持ってもらえるはずですし、少し意外な結末となっていますので、業界に興味がない人もエンタメとして楽しんでもらいたいです。

途中までは無料としていますので、続きが気になると思って頂けたらぜひご購入ください。

なお、購入の際の参考として、この物語の特徴を記載しておきます
・いわゆる「爽やかなハッピーエンド」にはなっておりません。業界の問題点や、仕事との向き合い方について考えさせる内容になっています
・どちらかと言えば、ドキュメンタリーやミステリーが好きな方に合っているかもしれません

また、読んで頂いた皆さまに、読後アンケートをお願いしています!(無料部分のみの感想でも構いません)

外資ITで働く男たち -読後アンケート-

皆さまの声を踏まえて作品を改善して行きたいと思いますので、忌憚ないフィードバックをお願い致します🙇

それでは、どうぞ本編をお楽しみ下さい。


Sales Side - 1

オフィスの窓越しに、空を徐々に暗闇に変えていく黒く濁った雲の流れが見える。

毎週、月曜の朝に行われるセールスチームのミーティングは、僕にとって最も憂鬱な時間だ。

出来ることなら、この場から逃げ出したい。

大罪を犯して裁かれる囚人のような気持ちで、この時間をただ耐え忍ぶ。

「それで福本、この案件を失注した分はどうするの?」

モノトーンで塗り固められた会議室。決してボリュームは大きくないが、人を威圧するに十分なドスの効いた低音が、鋭く響き渡る。

僕はこの人に睨まれると、まともに身動きが出来ず、言葉もうまく出てこない。

「そう…ですね、次の案件を見つけて代わりの数字を作ります。」

「え、今から見つけるの?そんなの現実的じゃないよね。大体さ、もうちょっと早く落とす判断できたよね?なんで今頃になってそんな報告が出てくるの」

眉をひそめ、眉間にシワを作りながら、アゴに蓄えたヒゲを左手でつまむ。

部長がイライラしながら人を攻撃する時のクセだ。

この仕草が始まったら、執拗な追求が始まることを覚悟しなければならない。

「はい、、すみません。先方の課長さんが何とか上を説得すると言ってくれたんですが、部長に反対されてしまったようでして、もう少し社内調整に時間がかかるということで…」

「いやいや、キーマンが部長なら、そこを押さえられてないなら意味ないよね?今まで何やってたの?なんで部長押さえてなかったの?」

「はい、申し訳ございません…。」

「申し訳ございませんじゃなくて、何で押さえてなかったの?って聞いてるんだけど」

「ええと…。課長さんが、自分の権限で決めるとおっしゃっていたので、それを信じて商談を進めてしまいました」

「何でそんな言葉だけで信じちゃうの?ちゃんと契約までのタイムラインは合意してた?いつも言ってるよね、いつまでに契約するかを決めて、逆算してスケジュールを組めって」

「はい、、ええと…。」

「お客さんのところにダラダラ通っていても意味ないんだよ。狙ったタイミングで契約が取れないなら、営業の存在価値なんて無いからね」

「はい…。申し訳ございません。」

部長の叱責を受けることは、もはや僕にとって定番の光景になりつつある。

商談が失敗した原因を根掘り葉掘り聞かれ、その回答に対してさらに集中砲火を浴びる。

人に叱られる時、大抵の場合、謝っていれば何とか収まることが多いものだが、この人の前ではそうはいかない。

「叱られる時に、謝って済む場合はまだマシ」ということをこの会社に入って学んだ。

どんな場面でも、繰り返し説得力のある論理的な説明を求められるのはかなりキツイ。

ただでさえ頭がうまく回らないこのシチュエーション。気持ちが動揺し、頭が混乱している中で、何とか明確な回答を絞り出さなければならない。

特に僕は毎週のように叱られているうちに「何を言っても怒られるのではないか」という感覚に陥ってしまい、ますます言葉がうまく出てこなくなっていた。

会議に同席しているメンバーは、このような「公開処刑」が行われている最中、眉一つ動かさずに能面のような表情で、パソコンに視線を落としカタカタと内職をしている。

今日のセールスミーティングには、営業メンバーをはじめ、マーケティングやコンサルのチームからも何人か参加していて、いつもより会議室の密度は高い。

もちろん僕の息苦しさは、この人口密度だけが原因ではない。

部長から叱られ、何か言葉を発しようと喉を動かすたびに、呼吸が荒くなっていく感覚を覚える。

毎週月曜日のこのミーティングでは、自分が追いかけている商談の「見込み」を上司に対して報告する場所だ。

今、どれくらいの売上や受注件数を見込んでいるのか、それぞれの進捗や受注確率はどのくらいか、リスクの有無はどうか、といった内容をレポートする。

もし、進捗が思わしくない場合は「どうやって挽回するか」というアクションまで説明する必要がある。

成績が良かったり、すでに上から信頼されている場合は細かくつっこまれることも少ないが、そうではない場合「なぜ結果が出ないのか?」「どうやってリカバリーするつもりなのか?」厳しい指摘が入り、プレッシャーをかけられることになる。

まして、僕のように一度「出来ないキャラ」になってしまうと、上や周りからの目はことさら厳しくなる。毎週のミーティングで僕が詰められることはもはや恒例の光景になりつつあった。

1対1で叱られている場合はまだ良い。

このように同僚が数多くいる前で、自分の「ダメさ加減」を披露しなければいけないこの時間は、強く自尊心が傷つけられ、僕を今すぐここから消えて無くなりたい気分にさせる。

「はあ…まあいいや。じゃあ、バックアップの案件候補はどれ?」

部長は僕とのやりとりに辟易した表情で、バックアップ、つまり「負けた案件の代わりになる商談」を求める。

一度「取れます」と明言した案件については、会社の売上予測に組み込まれるため、それがもし取れない、となった時には代わりとなる案件が求められる。

「受注できません、ごめんなさい」では許されないのが暗黙のルールだ。

とは言え、変わりの案件をすぐ作れるアテなどない。

何しろ、今は8月の後半。今期もあと1ヶ月ちょっとしかない。正直、今から代わりの案件があるならとっくにやっている。

「少し整理が必要なので、今日中にメールで報告させてもらいます。すみません。」

まだ整理も出来てないのかよ、その言葉を吐き出す代わりに部長は呆れた表情で「はい。じゃあ、次、小池」と他の営業のターンへと入っていった。

嵐が過ぎ去り、ひと時の平穏が訪れたがそれも束の間。すぐにバックアップとなる案件候補を整理して、部長に送らなければならない。

僕は次の営業の報告に全く耳を傾ける余裕もなく、周りと同じように静かに内職を始めた。

これを整理して送った所で、おそらく部長からは「具体性がない」「詰めが甘い」などと指摘があることは目に見えている。それを想像しただけで、タイピングの手が止まりそうになるが、それでもやらないわけにはいかない。

僕はこの辛く、暗くて長いトンネルを抜け出すことが出来るのだろうか。

一筋の光すら見えない暗闇の中で、もがいても、もがいても、出口は見えてこない。

それにしても、部長からはあまりにも「人の心」というものを感じない。

確かに悪いのは自分の実力が足りてないことになるのだが、もう少し「出来ないもの」への配慮や優しさのようなものがあってもいいように思う。

自分は絶対にあんな冷徹な人にはなりたくない。

心の中で、そんな精一杯の抵抗をしながら、キーボードに指を這わせる。

「では、今日のミーティングは以上です。いつも言っていますが、我々が目指すべきは成果の追求です。私達は外資系、常に株主から四半期ごとの数字を求められます。その期待に答えるために、プロとして、目の前の成果にこだわりましょう」

妙に形式ばった言葉遣いで発せられた部長の締めくくりのメッセージが、僕の肩に重くのしかかった。

Manager Side - 1

外で買い込んできたサンドイッチを頬張りながら、部下からのバックアップ案件の報告を読み込む。

午後もメンバーとの1on1、案件のレビューにトラブル対応と打ち合わせの嵐だ。ランチの時間に少しでもタスクを進めておきたい。

リモートワークの普及でオンラインでの打ち合わせが当たり前になってから、逆に予定がタイトになっている気がする。

(それにしても、中々厳しい状況だな)

午前中のチームミーティングで、部下から二つの重要案件が絶望的な状況であることを聞き、思わず厳しく叱責してしまった。

こうなってくると、今期の数字達成はかなり厳しくなる。

先週も、上司である伊藤本部長から、かなり強いプレッシャーをかけられている手前、早速ネガティブな報告をすることは避けたい。

何か…手は無いか。

「ヒロキさん、今、少しよろしいですか?」

険しい表情でモニターを凝視していると、部下の一人である若手営業が、遠慮気味に自分のデスクに近寄ってきた。

「ん、どうした?」

「丸川商事向けの追加案件なんですが、この金額で出そうと思っています。確認頂いてよろしいでしょうか。」

彼は持っていたパソコンをクルッとこちらに回転させ、見積もりのシートを向けた。

そこには通常の値引率を少し上回る程度の金額が表示されていた。

「んー、この内容で来月までに決めてくれそう?」

「そうですね、提示してみないと何ともですが、多分、いけるのではないかと」

(多分?多分って何なんだ…こいつは本当に…)

思わず「詰めモード」にスイッチが切り替わる。

「いや、多分じゃなくて、そこは先方に感触を確認してからにしようよ。うちの社内承認もそれなりに手間かかるし、時間もないから一発で決まるラインで提示しないと」

眉間にシワを寄せ、左手でアゴを触りながら、鋭い口調で指摘すると、部下は一瞬、怯んだ表情を見せる。

「なるほど。。わかりました。先方と再度会話してみますね」

「というか、何で確認してないの、そんなこと。見積もり前に相手の懐を探るのは基本でしょ」

「あー、はい。。申し訳ございません」

「いや申し訳ございませんじゃなくて、何で確認しなかったのか、って聞いてるんだけど」

「…。」

相手が完全に押し黙ってしまったので、もういいや、頼むね、とだけ伝えて会話を終わらせる。

指摘を受けた部下は少し肩を落とした様子で自分のデスクに戻っていく。

(ふぅ、、)周りの部下には悟られないように、軽くため息をつく。

中途入社でそれなりに営業経験もあるのだから、見積もり提示前の交渉くらい、当然のようにやっておいて欲しいものだ。

一年近く同じ案件を追いかけていながら、今さら何をやっているのか。それに、出来ないことを謝るくらいなら、さっさとやるべきことをやって欲しい。

今、営業チームとして6人の部下を抱えているが、そのうちの半分は、彼のようにスキルに不安があるメンバーだ。

中には、新卒入社でまだ数年目という若手もおり、手取り足取り「お作法」から指導していかなければ、まともに商談を進めることすら出来ない。

さっきのチームミーティングでも、かなり”お粗末”な内容が目立ち、つい厳しい口調で問い詰めてしまった。

それにしても、外資の営業マネージャーという役割も楽ではない。

自分だけが数字をあげればいい営業担当と違い、性格もスキルもバラバラのチームメンバーをまとめ上げ、高い成果を上げなければならない。

この業界にいる以上、いつかはマネージャーに、と思ってはいたが、こんなにストレスとプレッシャーが増えるなら、もう少し現場でやっていてもよかったなと思う時がある。

給料だって、営業の時より基本給は増えているものの、成果に応じて支払われるコミッション(この業界で言うボーナス)は減ってしまったため、実入りの年収はむしろダウンした。

外資ITの営業として突出した成果を上げている人間の場合、マネージャーになると給料が下がってしまうケースが意外と多い。

チームの中には、出来る人間もいれば出来ない人間もいる。成果は、それらのメンバーの「平均値」に落ち着くため、一人でやっている時より、むしろ達成率が下がってしまうこともザラなのだ。

加えて、”上からの”プレッシャーは現場にいた時よりさらにキツくなる。

パワハラに対する世間の見方が厳しくなり、部下を過度に追い詰めてはならない。そんな雰囲気は増している。

しかし、こと管理職に関しては例外で、俺たちのようなマネージャークラスは、上から強く責任を問われる。

今年もすでに半年が経過しているが、数字はかなり厳しい状況だ。

そんな中、今日のチームミーティングでも、メンバーの数名から「案件が厳しい状況」という報告を受け、つい苛立ってしまった。

部下に対して、プレッシャーをかけすぎたり、叱り続けるのもどうか、と思うものの、あまりにも仕事のレベルが低かったり、必死さを感じられなかったりすると、どうしてもスイッチが入ってしまい厳しい言葉を浴びせてしまう。

言い過ぎたと思う瞬間も無くはないが、自分も入社以来、ずっと厳しい環境で、毎日のように叱責を受けながらここまで乗り切って来たのだ。

ここは精鋭が集まる外資系。

正直、能力の無いヤツや、やる気が無いヤツに関しては、会社を去ってもらった方が本人のためだとすら思う。

何よりメンバーが成果を上げてくれなければ、俺自身の、上からの評価が悪くなってしまうのだ。

(この数字だと、また本部長にドヤされる。何とかしなければ。。)

部下のバックアップ案件の報告に改めて目を通し、その稚拙な文章に思わず舌打ちをする。

手早く、指示や指摘をふんだんに打ち込み、チャットの送信ボタンを押した。

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