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居酒屋繁盛異聞 旅が好き〜列車居酒屋〜         P40

3.山本 皐月 故郷は遠きにありて⑤

 でもこれなら…
 この光景なら父は混乱せずに済む。
 私は改札へ向かう父を急いで追いかける。
「お父さん。切符! 乗車券!」
「あぁ…そうだな」
 父は素直に乗車券を受け取ると、そのまま自動改札機を通ろうとした。
「お父さん、乗車券をここに当てなきゃダメよ」
 私は父の手にある乗車券を自動改札の液晶に当てるように誘導する。
 出入口の扉が自動的に開いた。
 私は父と一緒にプラットフォームへと進む。

「いらっしゃいませ。当店のご利用は初めてですか?」
 駅員さんのような制服を着た女性がにこやかに話かけてくれた。
 おそらく店員さんなのだろう。
「はい、初めてです。どうすればいいんでしょう?」
 私はオロオロしながら答える。
 彼女は楽しそうに微笑みながら
「では、こちらへ。トレイをどうぞ」
と、トレイを渡してくれた。

「お飲み物をお選び下さい」
 ドリンクバーのような場所に誘導された…が……。
 …どうしよう。
「あ、あの…お冷か白湯はいただけますか?」
 彼女は一瞬目をしばたかせたが、すぐに笑って
「お冷はこちらになります。お白湯はご用意がございませんが沸騰したお湯ならこちらです。お茶用のお湯なので火傷にご注意下さい」
と、教えてくれた。

 私はお茶でもいただけるが父はお冷(水)かお白湯でないとむせてしまう。
 どうしようか…と少し考え、私は父のグラスにお湯を注ぐと氷を2〜3個入れて飲み頃の温度に調節しトレイにセットした上で父に持たせた。
 そして私は冷たいお茶をグラスに入れ自分のトレイにセットする。

「こちらがお通しになります。お好きな小鉢をお選び下さい」
 小鉢に入った料理が並ぶテーブルへと案内された。
 3種類程の料理が小鉢に入って並んでいる。
 どれも美味しそうだが父は食べられるだろうか?
 何故なら…実は父には軽い嚥下障害があるのだ。
 食べられる料理は限られている。

 冷奴なら大丈夫かな……。
 私は1/4丁ぐらいの冷奴が入った小鉢を選んだ。

居酒屋繁盛異聞 旅が好き〜列車居酒屋〜
3.山本 皐月 故郷は遠きにありて⑥

 へ続く。

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