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そして秋田を去る

 秋田を去ることになった。秋田には3月4日に来て、8月9日に発つ。たった5ヶ月の滞在。早い。あまりにも早い。まだまだ秋田でやりたいことはたくさんあった。

 僕にとってこの5ヶ月間、秋田という街は輝いていた。曇りの日も、雨の日も、豪雨の日でさえその輝きは消えなかった。なのに、異動の報せを受けたその翌日、晴れていたはずなのに街は輝きを失って見えた。

 もうこの街は僕のものじゃないんだ、そう分かった途端、街はよそよそしく見えた。ここは旅先で、ほんの一時の間滞在した場所に過ぎない。道行く人皆の街であるけれど、僕の街ではない。そう思った途端、街は目に見えて輝きを失った。

 自分のものが欲しいんだろうな。僕は何も自分のものを持っていないから。永続的に続いていくような関係が欲しい。
 でもそんな関係を鬱陶しいと思ってしまう自分もいる。
 秋田は素晴らしい場所だったけれど、ここに一生住めと言われたら、息が詰まって苦しくなってしまうかもしれない。
 でも5ヶ月とか短期間過ぎると、寂しくて辛い。まだまだこの場所でやりたいことがあったし、発見したい場所があったし、出会いたい人、もっと知りたいと思う人がいた。

 けれどもそれは抗えない運命なのである。

 全国転勤可の形態で働いている会社員である以上、逆らう訳にはいかない。そのせいで手当を余分にもらっている。

 秋田はいい場所だった。春から夏にかけてしか知らないせいもあるけれど、町並みや風景の美しい場所がたくさんあった。人も良かった。職場の人間関係も(上司を除けば)かつてないほど良好で、空気も良かった。かわいいなと思っているパートさんもいて、その人と話すのが楽しかった。

 定期的に通う飲食店もできた。1番通ったビリヤニのお店は日曜日の夜には深夜食堂をやっていて、美味しいご飯を作ってくれた。

深夜食堂の週替わりご飯

休日には絶対に行くことにしているカフェもあった。クラシックが流れていて、たくさんの本があって、電源やWi-Fiもある。自分にとってこれほど居心地のいい空間はなかった。


cafe赤居文庫

 どんな風に生きていけばいいんだろうな、と思う。こんな風に転勤を繰り返すのは僕の性分にはあっているのだけれど、せっかく築こうとした関係も継続されないし、深まらないまま終わってしまう。僕はどんな場所に行ってもお客さんみたいだし、異邦人で、居場所がないと思ったりする。

 どうせすぐに去ってしまうのだと思うと、その場所で何かを始めるのも恐ろしくなってしまう。でもそれでは積極的に自分の人生を生きることができない。

 この前スナックみたいなバーみたいな居酒屋みたいなお店に入った。
 ほのじぐみというお店で、前から噂は聞いていた。
 あるバーのバーテンダーは、スナックみたいな店なんだけどと言い、お洒落な隠れ家イタリアンで隣に座った美女も、スナックみたいな感じだけどオススメの店があるといい、とにかくスナックみたいな感じなんだな、と思っていた。スナックみたいなお店を、出会った人は皆オススメしていた。

 僕はそんなにスナックという形態が好きではない。
 見知らぬ女の人と何となく盛り上がって話すというのが苦手なのである。
 何かテーマがあってそれについて話したりというのなら良いのだけど、当たり障りのない話をして盛り上がるということができない。
 女の人に質問されても面白い返しができないし、目の前に座っている女の人にそんなに興味も沸かないので質問も思い浮かばない。


ほのじぐみ

 スナックみたいだと言われていたお店に入ると、50代後半くらい?の女性がカウンターの向こう側に座っていた。カウンターの上ではテレビのバラエティー番組が流れている。

 スナックに入った経験が不足しているので他のスナックと比較することはできないけれど、確かにスナックみたいだと思った。実際カウンターの上にはうまい棒みたいなスナック菓子がたくさん置かれていた。


青いレモンサワー

 店主らしき女性が当たり障りのない質問を投げてきたり話しかけてきたりしたのだけど、こちら側に話をする準備ができていないのであまり盛り上がらない。僕はこういう場での会話がとても苦手なのである。

 その店主の女性から結婚しているかと聞かれ、していないと答えた。こういう場ではよくある質問である。

 すると女性店主は、「出会いを諦めちゃダメよ」と突然言った。そして、四十代後半でずっと彼女がいなかったのにお茶のサークルに入ったせいで彼女ができたという男性のお客さんの話を始めた。

 僕はその話をあまり真剣には聞いていなかった。5ヶ月とか8ヶ月とか、短期間で異動してしまう可能性のある身としては、なかなかサークルみたいなものに安易に入ってしまう訳にはいかないのである。

「まあでも僕の場合すぐに異動しちゃいますから」
 
 それに対し、女性店主はこう言ったのだ。

「後腐れがなくていいじゃない」

 それを聞いて、頭の中がパッと輝いた。
 なるほど。そういう考え方もあるのか。

 確かに、どうせすぐに去ってしまう身。出会って何か良からぬ展開になったとしても、どうせすぐに異動になってしまうかもしれないのだ。逆に後腐れがなくていいのかもしれない。

 そうだよなあ、と思いながら、何となく僕の次のテーマが決まったような気がした。

 積極的に出会いを求めていく。その為に行動する。
 出会いというのは別に女性に限らず、とにかく出会いというものを求める。

 この秋田でもたくさん飲み歩いたし出歩いたのだけど、それでいながら誰かと出会うということをそこまで目的にしてこなかった。
 誰かと出会おうとする思いは、どこか邪で格好悪いことのように自分には思えた。

 でも本当は誰かに、何かに出会いたいのだ。それなのにその思いを隠すことの方が邪とは言えないか。

 次は出会いを積極的に求める。飲み屋に行ったら自分から店員に話しかける。隣に話せそうな客が座ったら話しかける。イベントにも積極的に参加し、主体的に関わる。

 出会いを求めること。お客さんの立場に甘んじるのではなく、主体的に物事に関わっていくこと。
 
 次は盛岡だ。次の盛岡では、たくさん出会う、ちゃんと出会う、出会いをテーマにやっていきたい。

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