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2023年11月の日記

今月から日記を公開していくことにした。

11月18日に突然、日記をnoteに残そうと思ったのだ。
理由は、自分が日記文学を読むのが好きだから。そしてなんとなく、自分の日記をwebに置いてみたくなったから。一言でいうと、なんとなくやりたくなったから、です。

私は日記を毎日2冊つけている。自分の日記と子どもの日記である。私にとって母親としての私と私としての私は、少しだけ人生が違うからだ。

noteに残す日記は私にとって2冊をかけあわせたものであり、3冊目の日記ともいえる。育児と仕事と人生を、楽しんだり頑張ったり面白がったりするフリーランスの日記を、極めて暇なときにでも読んでもらえるとうれしい。

1日(水)
息子から感染し、夫婦そろってウイルス性胃腸炎に罹患。はっきり言って地獄。親ふたりが地獄のふちにいる中、回復しかけている息子がころんだ傷をかいて、飛び火。保育士さんに病院に連れていくことを勧められたが、病院の待ち時間で自分が吐いてしまう可能性を考えると恐ろしくて連れて行くことができない。記念すべき初日記の文章がこんな感じでごめんなさい。

2日(木)
やっとウイルス性胃腸炎がましになったので、息子を病院に連れて行った。すべての安心感からか、めちゃくちゃ甘くてやさしい食べ物が食べたくなり、通常レシピの倍くらい砂糖を入れてフレンチトーストを作った。めちゃくちゃうまくてnoteにそのことを書いたら、数名から「癒やされた」という感想をもらえてうれしかった。

3日(金・祝日)
何年も前から気になっていた首里復興祭へ。古式行列が見たくて場所取りして待っていると、息子は飽きたのか泣き出してしまう。交通整理をしていたおじさんに「小さい子が楽しめる場所じゃないよなぁ」と声をかけられ、責められたような気持ちになったが、「自分が楽しめない場に行く」という経験だって人間としての経験のひとつだろうと思い直した。子どもが楽しめない場所に連れて行く、という母親としての経験もできたし良かった。来年は行かない。

4日(土)
地域のおまつりへ。保育園で息子によくしてくれるお姉ちゃんが踊る姿を見て、手をふった。息子を可愛がってくれる人は年齢性別問わずみんな大好き。

5日(日)
家族みんなで友だちの結婚式へ。なんとボタニカルウエディング。沖縄の魅力が詰まったいい結婚式だった。

新郎が司会をし、スピーチは突然指名されるという変わった進行だったが、帰り道、夫はある人のスピーチがとても良かったと言う。私はその方を知っていた。素晴らしい本を出版した方だからだ。私は「凄い人がいる」ということに気を取られ、話しかけるチャンスばかりを伺っていたのでスピーチを聞いていなかった。そんな中で言葉を拾い、感動できる夫を凄いと思った。

6日(月)
息子が一段とかわいい。朝、化粧水を顔にペチペチする私を真似てほっぺたをペチペチしていた。さらに保育園から帰って料理中の私のもとに駆け寄ってきたと思ったら、超笑顔で足にぴたっとくっついてきた。ああ癒やし!!ウイルス性胃腸炎で停滞した仕事を必死で片付ける日々に、息子の癒やしが効く。

7日(火)
おそらく今年1年くらいずっと悩んでいたことの答えが出た。仕事と育児の両立。今年はどちらも「あんまり頑張らない」。それが答え。育児も仕事も、家事も夫のことも嫌いにならないためには、それしかない気がした。この答えもまた、日がたつにつれて悶々とし始めるのだろう。

8日(水)
昼にスーパーの3個入りプリンを食べた。専門店のとろけるプリンも最高だけど、病み上がりは何を食べてもおいしいので、とことん安くて簡素なプリンがコスパよくて最高である。

9日(木)
半年ほど広報活動をしていたイベントが本日開催。足が棒になるほど歩いたけど、いろんな人に会えてうれしかった。ふと、フリーランスは最高だけど、毎日ちょっとした他人に会えることが会社員のメリットだったなと思った。

10日(金)
イベント2日目。行きの高速でYou Tubeを流し聞きしていたら「会社を起業するにあたって恋愛を禁止した」という女性社長の言葉があり、すごい勇気だなと思っていると「自分のことを好きになれた状態で、好きになってくれる人と恋愛したいから」と言っていて、たしかに!と思った。絶対にそれがいい。

11日(土)
「太陽は自分自身が一番熱い」という言葉を私は大切にしており、ご自愛をしなくては息子も夫も大切にできない!と思ったので、急いで甘いものをたくさん食べた。なんか間違ってる気がする。

12日(日)
読書会。前々から良くしてくれる大好きなお姉さんが最後、映画『月』をおすすめしてくれた。相模原障害者施設殺人事件がモデルになっており、犯人と一緒に働く人の目線で描いた作品らしい。興味深いので観に行くと決めた。

13日(月)
メンターのような人に「あなたの刀は大きすぎるので小刀を振り回せるようになったほうがいい」と言われ、たしかに!と思った。小刀...。
保育園に息子を迎えに行くと、笑顔で駆け寄ってきたと思ったら園庭に行き、4〜5歳の子たちと遊びはじめた。年上好きは母親譲りか?

14日(火)
映画『月』を観た。いろんな考えが浮かんでは消え、浮かんでは消えている。しばらく続きそうだ。観る人に厳しい問いを突きつける映画だったが、中絶と殺人を同じものとして問いかけるのは間違っていると思った。産まないことと殺すことはまったく別物だと私は思う。産まないことがどれほど酷いかは、産まれたことしかない私たちにはどこまでもわからない。もしかしたら殺人よりよっぽどひどいかもしれない。

15日(水)
大好きな人の取材。自分をちゃんと大切にできる人は、他人をちゃんと大切にできるのだと思った。帰りに大根の葉を大量にもらってうれしかった。

16日(木)
とても頭がいい人を取材した。言葉のキレがよく、物腰がやわらかく、そして目が若い。素直に生きている人の目だと思った。夜は昨日もらった大根の葉で菜飯を作った。

17日(金)
会議中の夫の声がうるさくてイライラしたので、仕事を中断し、向田邦子さんのエッセイを読む。「開店の遅れをめぐって、かなり緊張したやりとりがあったが、関係者の誠意でどうにか落着した」という文に非常に感動する。書きすぎてしまいがちなところを、この2行でおさめる品のよさ。イライラしている場合ではない。品のいい人間になろう。

18日(土)
シャワーを浴びながら、文章を書くことで誰かの役に立ちたい!とくに産後のママ!という気持ちがフツフツとわき、ボランティアとかイベント企画とかがきらびやかに脳裏に浮かんだ末、「それ私じゃないよね...」と落ち込む。もうちょっと現実的な規模で、私にできることは.......。という流れで、noteに日記を公開しようと思いつく。

はじめての育児に奮闘しながら、自分がそういうものを読みたかった気がする。そういうものがネット上にポンと佇んでいるだけで、通りすがりの誰かが「えー同じじゃん、がんばろ」ってなるかもしれない。誰の役にも立たない可能性は大いにあるが、ただweb上に置いてみるのはアリでは?という思考に辿りつき、やることにした。私はこういうことをあまり計画立てずにやり始める人間である。飽きたら辞めればいい。

19日(日)
仕事で携わった本が届き、ホッとした。web記事と違って、本は届くまでドキドキしてしまう。

20日(月)
気温が変わり始めたからか、ここ数日息子の夜泣きが増えている。まいった。息子もつらいはずなのに、夜泣きにかける時間がとても惜しいと感じてしまい、そのことに落ち込む。子を愛することと自己実現をトレードオフにしないためにはどうすればいいのだろう。先輩ママに聞くと「無心を鍛えるべし」と言われ、なるほどと思った。

21日(火)
映画『月』を観てずっと悶々としていたので、障害者施設の理事長をされている方に「もしサトくん(犯人)みたいなことを言うスタッフが現れたらどうしますか」と聞いた。

理事長は「彼は支援員に向いてないね。クビにするはずよ」と即答。
どういうことか聞くと「喋らないからといって心がないってことは絶対にない。働いてたら分かる。きいちゃんだって、噛みついたりしてたでしょ。あれは何かを訴えていたからです。彼(サトくん)はそれが見えない人。だから向いてない。」

ああなるほど、と思い、ちょっと泣きそうになった。本職の方が「心がある」と言い切った人たちの命を「見えない」人が奪ってしまう。それは最前線で働く人にとっても残酷なことだと思う。

映画で描かれていた施設の在り方については「昔はもしかしたらあったかもしれないけど、今は施錠をするなんてありえない。色んな施設を見てきたけど、あんな劣悪な施設は見たことがない」と仰っていてホッとした。

22日(水)
言いにくいことを言ったら爽やかにお礼を言われ、凄いと思った。言いにくそうなことを言われたらお礼を言う人間になろう。お昼休憩に10分だけ最近はまっている本『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年間』を読み、泣いた。母親の前を向く力がすごい。夜泣きくらいなんだ。私もがんばろう。気持ちが母親モードになり、その後の仕事は捗らなかった。

23日(木)
「いきなり気付いたんだけどさ、ABCの歌とキラキラ星の歌って全く同じメロディだよね」と夫。たしかに。なんで今まで気づかなかったんだろう。

24日(金)
夜、息子がなかなか寝ないので夫に寝かしつけをバトンタッチし、お風呂へ。お風呂へ行く私を追いかけようとした息子は夫に引き止められ、号泣していた。ごめんよ...。

お風呂から出ると、息子はまだ寝ていなかったようで、私を見つけるやいなや、満面の笑みでめっちゃうれしそうに駆け寄ってきた。
一歳児には「さっきはよくも」とか「遅せーよ」みたいな感情がない。ただただ瞬間瞬間の感情で生きている。そのことがとても愛しく、時に申し訳ない。私はいろんなややこしい感情を持ちすぎて、実は「今ここ」の幸せを捉え損ねているかもしれない。

25日(土)
『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年間』を読み終えた。理解できない人に対して「歩み寄る」テクニックは数多く紹介されているが、これほどパンチのある「理解」の本は他にないのではないかと思った。ここのところ頭にずっとある映画『月』の「障害者に心はあるのか」という問いへのアンサーも本書には記されていた。

答えはもちろん「ある」。生きる意味も「ある」。

むしろ発達障害者はそもそも健常者と価値観がまったく違う。生きる意味を問うこと自体、健常者特有の病なのかもしれない。

26日(日)
息子が寝かしつけ中とてもかわいくてまいった。寝て欲しい気持ちと、もっと笑顔を見ていたい気持ちの葛藤に勝ったり負けたりして最終的に勝った。寝顔もかわいかった。体重計に乗ると大変なことになっており、明日からダイエットを決意した。

27日(月)
朗報。ダイエットは0.2kg成功。ちびちびいこう。

28日(火)
尊敬する方に武器を増やしたいとボヤいたら、武器を増やすより今あるものを磨いた方がいいと言われ、たしかに!と思った。今日はなにかと頭を使いすぎて体重が1kgほど減っていてうれしい。ドーナツをたくさん食べても減るときは減るんだな。

29日(水)
昨晩、私の知る限り息子は一晩中私の乳を吸っていた。妖怪、乳吸い子。朝、息子の顔はむくんでおり、私は干からびた木のようにカラカラだった。乳を吸われていた方の肩が異常にカチカチでつらい。そういえば昔同棲していた男がある日を境に腕枕をしてくれなくなったが、肩凝りがつらかったのかもしれない。

話は逸れるが「辛い」という漢字はいかにもつらそうなので、余裕がある時はひらがなで書くようにしている。つまりまだ私には余裕がある。とりあえず甘いものを食べて自分を癒やした。夜、体重を測ると昨日減った1kgがなかったことになっていた。

30日(木)
待ち構えていた仕事の依頼が遅れるとの連絡があり、ここぞとばかりに映画館へダッシュ。『僕は君たちを憎まないことにした』がどうしても観たかったのだ。テロで妻を殺されたのに、テロリストを許す選択をした男性の話。許すというキーワードは、ここ数年、課題である。「僕が憎しみでこの子を育てたら、この子は奴らと同じ人間になってしまう。憎しみに満ちた人間に。」というセリフが頭の中をぐるぐるしている。観てよかった。


それではまた来月。
写真は11月、取材先で見た景色です。素晴らしい空!

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