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源氏物語エッセイ「彼女たちの声」

源氏物語エッセイ「彼女たちの声」

「源氏見ざる歌詠みは遺恨の事なり」。

 六百番歌合の判詞として残る藤原俊成の言葉が、ずっと耳に痛かった。歌を詠み始めて約三十年間、源氏物語をきちんと読んだことがなかったからだ。(幾つかの漫画などで概要は知っていたが)。

 しかし来年2024年のNHK大河ドラマが紫式部の生涯を扱う「光る君へ」であることから、放送が始まる前に今年こそは源氏物語を通読しようと決意した。

 といっても原文では歯が立

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短歌+エッセイ「はたち・手袋」

短歌+エッセイ「はたち・手袋」

 私がはたちだったころ、今日1月15日が成人の日だった。写真の中で浅葱に紅型の振り袖を着た私は、立ち姿も笑顔もいかにもぎこちないけれど、やはり初々しいものだったなあ、とわれながらしみじみと眺めてしまう。
 そしてお正月といえば、何といってもかるた取り。小倉百人一首も好きだけれど、目下のマイブームはだんぜん「啄木かるた」。
 石川啄木の作品五十首を中原淳一が絵がるたにした「啄木かるた」は雑誌「少女の

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幻のマヨネーズ

幻のマヨネーズ

 2023年8月上旬、X(旧Twitter)上のキャンペーンに応募したときの文面です。8月31日(やさいの日)にちなんで、キューピーの公式アカウントがサラダにまつわるエピソードを募集したもので、A賞15名はエピソードをイラスト化され、複製原画がプレゼントされる、B賞100名にはキューピー商品とグッズの詰め合わせが当たるということでした。抽選だからエピソードの内容はあまり関係ないのかもしれませんが、

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短歌+エッセイ「栞」

短歌+エッセイ「栞」

 読んでいる途中の本がすぐにたまってしまう。そのそれぞれに、栞が挟まっている。読書の相棒たちだ。

 栞紐のあるタイプの本はそれを使う。本のしっぽのようでかわいい。ない場合も、文庫本などには付録でついてくることがある。ミニ知識が書いてあったりして面白い。

 自分でも購入するし、お土産やプレゼントとしていただくことも多い。行ったことのない土地の香りを感じながら本を読めるのがうれしい。

それぞれの

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聖書の手紙

聖書の手紙

 手紙が好きだ。

 書くのが好き。もらうのも好き。

 自分宛ではない手紙を読むのも好き。

 文学者やその周辺の人々がやりとりした手紙が、研究のために公開されることがある。ちょっと盗み読みみたいで後ろめたい感じがするけれど、作品とはちがう生き生きとした息づかいを感じられて面白い。

 公開を前提にした往復書簡というのもある。多くの人の目を意識しながらも、宛先の一人を思って書かれていて、その絶妙

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エッセイ+短歌「夏休み」

エッセイ+短歌「夏休み」

 とくにクラブ活動をしていたわけではない小学校時代の私の夏休みといえば、ほぼ毎日(!)家の近くの屋外プールで遊び、図書館で涼みながら読みたい本を思いっきり読み、帰宅してはアイスクリームを食べて昼寝する……という天国のような生活でした。

 プールで「遊び」と書きましたが、「泳ぐ」というよりも一人で浮かんだり沈んだりしていることが多かったような気がします。それの何が楽しいのかといいますと、水の中で聴

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翼持つ椅子

翼持つ椅子

 我が家の片隅に、とても小さな古い木の椅子があります。「若竹幼稚園」という焼き印が押してあります。これは、祖母が近所の幼稚園の建て替えの際にもらい受けてきたものだといいます。引き取られてきたのが、50年近く前。幼稚園で使われていた期間がどれくらいかは分かりませんが、立派にアンティークの域に達しているように思われます。
 姉や私が幼かった頃は、座ったりテーブル代わりにしたり、ぬいぐるみや人形を座らせ

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詩歌の朗読、音読について覚え書き

詩歌の朗読、音読について覚え書き

 渡邉十絲子は『今を生きるための現代詩』(講談社現代新書)で、安東次男の「みぞれ」という詩について、

 と書いている。現代詩についてよく知らない私は、「現代詩=音読不可能。テキストで完結するもの」という印象をこの箇所から抱いた。
 いわゆる視覚詩に興味があったことも、そのイメージを助長した。
 単純な例として自作を挙げると、

 も三角形になっているから視覚詩の一種だろう。
(これは小野小町の百

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耳の話

耳の話

 その春、小学校で飼われはじめたうさぎは、たちまちどんどんふえた。
 子うさぎが人気をあつめ、休み時間には小屋の前に人だかりがする。
 飼育係の腕章をつけた上級生だけが、小屋の中に入ってエサをやったり、掃除をしたりできる。
 ある日、飼育係の男の子の一人が、ギャラリーのわたしたちにむかって、ちょっと得意げに、
「うさぎの持ち方って知ってるか? 耳を持つんだ」
 と言いつつ手近にいた子うさぎで実演し

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「ならぶんきれいで」方言短歌の魅力と限界

「ならぶんきれいで」方言短歌の魅力と限界

  2022年10月から放送中のNHK「連続テレビ小説『舞いあがれ!』(桑原亮子・作 江戸雪・短歌指導)」では、主人公、舞の幼なじみで後に夫となる貴司が歌人である。

 作中に出てくる貴司の短歌についての感想や鑑賞にはじまり、貴司が読んでいる歌集のタイトル(塚本邦雄『透明文法』や『寺山修司全歌集』など)の特定、さらには俵万智さんが登場人物に成り切って短歌を詠むなど、Twitter上の歌人たちも盛り

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森絵都『アーモンド入りチョコレートのワルツ』について

森絵都『アーモンド入りチョコレートのワルツ』について

 ピアノ曲というものは、古い曲であっても、演奏されるたびに新鮮に受け止められる。
その一回性と永遠性を「思春期」というもののかけがえのなさと普遍性に結びつけた物語集をおすすめしたい。
 「アーモンド入りチョコレートのワルツ」は、三つの短編が収録されたこの本の三つめの物語のタイトルである。と同時に、エリック・サティ作曲〈童話音楽の献立表〉に入っているピアノ曲のタイトルでもある。
 三つの短編に共通し

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物語の中を吹く風

物語の中を吹く風

1934年に発表されたイギリスの児童文学「Mary Poppins」。私の手元にあるのは岩波少年文庫の特装版「風にのってきたメアリー・ポピンズ」(P・L・トラヴァース作、林容吉訳)です。子ども時代を過ごした小さな町から秋田市に移り住むことになったとき、通っていた教会の日曜学校の先生がお別れのプレゼントにくださったもので、表紙の裏には聖書の一節と〈神様が由美子さん御一家を平安におまもりくださる

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ふくらむ時間(2003年)

ふくらむ時間(2003年)

 十六歳の時に短歌を作り始めてから十年間、ずっと新仮名遣いを用いていた。昨年八月に出版した第一歌集『草の栞』は、だからすべて新仮名遣いによる歌集である。意識的に選んだわけではなく、当初それが自分にとって自然だったからだ。古典の時間に習う歴史的仮名遣いが、自分を表現するのに都合の良いものとは思えなかった。
 ところがここ数年、しだいに新仮名遣いでの作歌に違和感を覚えるようになってきた。一年ほど前から

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歌の魅力

歌の魅力

 野球のルールはよくわかっていないけれど、高校野球はよくテレビ観戦します。球児たちのひたむきな姿に心打たれるのはもちろんですが、それに加えてさまざまな高校の校歌を知ることができるのが楽しいのです。

 伝統校の重厚な歌詞、新しい学校の軽やかな歌詞、それぞれの地域の美しい地名が入った歌詞などを、メロディーとともに味わえる貴重な機会です。

 私の住んでいる秋田県でいえば、昨年(2018年)の夏の大

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