A Mixed Choir
ソプラノは星とさざめきテノールは地下水脈のように流れよ
あんパンでいえば餡この確かさでたっぷり響く中声アルト
投げられしまま指揮棒は彗星となりて白鳥座を目指したり
楽譜そっと閉じて立ち去る青年の背中に黄金(きん)の休符かがやく
艶ふかきバリトンゆえに彼を愛す象牙色なるその声帯を
いくつもの三角関係(トライアングル)かくしもつ合唱団の銀いろの声
海のみえる合宿所にて繰り返し歌った曲を思い出せない
ちはやぶるマリア賛歌やあしひきのフニクリフニクラなど暗譜(そらん)じぬ
Dona Nobis Pacem(ドナ ノービス パーチェム)(Pacem)輪唱は水泡(みなわ)のようにひろがっていき、
譜面台そのきららかな骨格を滅びし禽類(とり)のつばさとおもう
歌っているのは私ではなく私たち 誰のものでもないハーモニー
わたしたち とは誰だろうそれぞれのゆたかな闇を領かちあえずに
両耳を置いてゆきますレッスンに出られない日の人質として
薔薇色の耳・耳色の薔薇などがピアノの横に活けられていむ
組曲の練習終えて無口なるわれらに虹のフェルマータ見ゆ
帰り来て髪をほどけばしゃらしゃらと床に降り積む音符のかけら
楽天使舞い降りながら「混声(ミクスト)の混は混沌(カオス)の混」とささやく
※Dona Nobis Pacem ラテン語。「主よわれらに平和を」
/冨樫由美子『草の栞』所収。第43回短歌人新人賞受賞作を一部改作。
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