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ホイットニー・ビエンナーレに対する抗議運動と新しい時代の幕開け

*画像は文章に関係ありません。

木曜日、インスタグラムを開けたら、ホイットニー・ミュージアムのビエンナーレに出展しているアーティストのクリスティン・サン・キムが「作品を引き上げることにした」と発表していた。

ホイットニーの理事会には、警察や当局に催涙ガスなどの道具を供給するサファリランドという会社を所有する大富豪ウォレン・カンダース副理事長という人がいた。カンダースは、これまでミュージアムに対して多額な寄付を行い、昨年のウォーホル展に際しても大型の寄付をしていたようだ。

昨年11月、アメリカの国境警備隊が、メキシコから国境を超えてこようとする移民の集団に、催涙ガスを撃つようになって、11月末に、Hyperallergicという媒体が、使われた催涙ガスがカンダースが所有する会社が製造するものだということを報じ、以来、ホイットニーのスタッフやアーティストたちから、カンダースの辞任を求める激しい抗議が起きていた。抗議を率いたのは、Decolonize This Placeというアクティビストの集団で、これまでもミュージアムに対する抗議運動を活発に行ってきたグループである。

ホイットニーのディレクターは、これに対する声明文を出し、カンダースも「自分の会社が製造する商品がどう使われるかは私の責任ではない」と声明を出した。そして抗議運動は続いた。ビエンナーレはそんなさなかに開場した。作品の中には、カンダースやミュージアムに対する批判的な作品もあったけれど、その間もずっと国境付近で移民たちに対して催涙ガスが使われ続けていた。

ここへきて、アーティストの一部が、作品の引き下げを発表した。そして日本時間木曜日の夜、カンダースが辞任したというニュースが届いた。アーティストたちは「勝利!」と喜んでいる。新しい時代が始まったのだなと感じた。

アメリカのミュージアムというものは、寄付で成り立っている。だから寄付をする富豪たちの名前がそこここに彫られているのだ。これまで、彼らが持っているお金がどうやって作られたものなのか、ということはほとんど問題にならなかった。これが少しずつ変わってきた。

きっかけになったのは、アメリカのオピオイド問題である。OxyContinやVicodinといったオピオイド・ベースの痛み止めが、製薬会社によって「中毒性がない」という虚偽の情報と激しいロビイングのもとに、アメリカの市場にあっという間に広がり、たくさんの中毒者と死者を出した。2017年には、アメリカで7万人以上が、オピオイド関連の原因で死亡したといえば、その深刻さをわかってもらえると思う。

OxyContinの製造元、PurduePharmaは、サックラー(Sackler)家というユダヤ系の「名家」が所有している。サックラー家は、アートの世界では名の知れた慈善ファミリーだった。ルーブル、メット、テイト、グッゲンハイム、サーペンタインなど、世界を代表するミュージアムがサックラー家から多額の寄付を受け取ってきたのである。(サックラー家には、フェミニストのアクティビストでPurduePharmaに批判的なエリザベス・サックラーのような人もいる)。

私だって大怪我をして、処方されたことがあるから、オピオイドの恐ろしさはわかる。痛みを麻痺させるのはいいのだが、何も感じない、ご飯も食べられない、終日ぼーっとしているという状態に恐ろしくなって、わりとすぐにやめた。やめたい、というと、医師に「you are crazy」と止められた。クレージーなのは、あの薬を売っていた医師たちのほうである。けれど、激しい痛みのさなかに、あの薬をやめるのには、それなりの覚悟が必要だった。そして、痛みを感じる多くの人たちが、依存症に陥るのだ。

サックラー家の寄付に対する抗議運動を、最初に行ったのは、ナン・ゴールディンだったと思う。彼女も、オピオイドを処方され、依存症に陥り、最終的には依存症を克服した。そして、ルーブルやグッゲンハイムに対する抗議運動を行った。そして、多くのミュージアムが、サックラー家からの寄付を受け取らないことを発表した。

そして、今、ニューヨークやマサチューセッツなどで、PurduePharmaによるオピオイドのマーケティングに関わったサクラー家の一部のメンバーがオピオイド・クライシスに関与したとして、民事・刑事の訴訟が進行中である。

これまで、アート界が、その小さくない部分をダーティ・マネーに支えられてきたことは、みんなわかっていたことだ。それが当たり前だったのだから。けれど、アーティストやアクティビストたちの草の根運動によって、当たり前のことが当たり前でなくなった。ミュージアムの資金調達は方向変換を強いられるだろう。それもきっと時代の要請なんだろう。

★トランプ時代を生きる、をテーマに、365日分の日記をまとめたMy Little New York Timesでも、アートと抵抗がテーマのひとつになっています。


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佐久間裕美子 明日は明日の風が吹く

文字を扱う商売。ニューヨークに家がありますが、いつもあっちをフラフラ、こっちをフラフラしています。著作に「#My LittleNewYorkTimes」「#ピンヒールははかない」「#ヒップな生活革命」。ニュース観察日記は Sakumag.comにて。

佐久間裕美子のMyLittleNewYorkTimes

書籍化したMy Little New York Timesから1年前の今日の日記と今年の日記を対にして不定期にお届けします。
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