旅の達人への道

ニューヨークの自宅を出てから1ヶ月が経った。今回の旅はトータルで10都市45日。自分の家を離れる時間にしては長いと思うけれど、せっかく日本まで行くなら、といろいろなことを詰め込むと、このくらいの期間になってしまうこともある。

気がつけば、自分の人生の大半が、旅になっていた。今は、旅の合間にときどきニューヨークの家に帰り、時間を見つけては「山の家」に行って誰もいない、音のない場所で時間を過ごす。ニューヨークにいる時間は、おそらく半分にもならないだろう。大人になったら旅をたくさんしたいと思っていたけれど、ここまでの量になるとは想像していなかった。

大人になって一番旅をしていなかったのが、6年間の会社員生活である。そしていつも「旅」を切望していた。大学院に留学していた頃から、ちょこちょこライター活動をしていた自分は、会社員生活を始めると同時に二足のわらじを履いた。911の同時多発テロが起きて本業がしんどくて他の活動に気持ちが向かわなかった数ヶ月以外は、土日も有給も最大限に使って副業をがんばっていた。最初のうちは副業の量がサラリーに近くなったら辞めようと思っていたが、だんだん自分の自由時間をフルフルに使っても、その目標には達しそうもないと気がついた。そのうち最後に在籍していた会社の景気が悪くなり、全世界規模でのリストラに乗じて退社できた。

会社を辞めてすぐに、サンダンス映画祭に行った。友人のフィルムメーカーの映画が発表される場に立ち会ってみたかったからだ。それが自分への独立祝いだった。


最初の頃は、「ニューヨーク在住ライター」や「コーディネーター」として雇われることがほとんどだった。何年か経つと、「旅特集」で旅先を提案するチャンスを与えられ、初めて旅の仕事をもらった。「東京から誰かを飛ばすより安い」という理由で、中南米やカナダに行く仕事がまわってきた。当時、アメリカの航空会社は最悪の状態で、頻繁に遅れやキャンセルに悩まされ、楽しい一方で、ストレスも多かった。きっとあの頃の自分は、旅人としてのスキルが低かったのだろうとも思う。だからいつも微調整を繰り返しながら、できるだけストレスを持たずに楽しく旅をするためのスキルを鍛えることをいつも頭においておくようになった。

そうこうするうちにリーマン・ショックが起きた。急に日本の会社から依頼される出張が大幅に減った。編集者がニューヨークやその他の地域への出張にやってくることががくんと減り、「ニューヨークで編集者のかわりをする」ような仕事が増えた。しばらくすると、ニューヨークで知り合った友人のクリエーターから旅のコラボを持ちかけられたり、結婚式やキャンプ旅行に誘われるようになった。行く先々に、ヒントが転がっていることに気がついた。ストーリーのヒントや新たな人間関係を得た。

最大の教訓

行きたいと思ったら行かずにおれない、という、おそらく種としてもともと持っていた性質は、この頃に花開いた。行く先々で、自分と同じように旅ばかりしている人たちと出会い、さらに新しい場所で起きていることを耳に挟むようになった。だんだんこうして手に入れたネタが仕事や、自分の書きたいことにつながるようになったから、ますます調子に乗ってどんどん旅をした。

行くチャンスがあったら全力で行く努力をするべきーーこれまでの旅の歴史で学んだ教訓のひとつだ。911が起きたあと、しばらくニューヨークのイスラム教徒と交流を持っていたことがある。会社を辞めてすぐ、そうやって知り合ったパレスチナ人の女性アクティビストと知り合った。彼女にパレスチナで行われる結婚式に誘われた。会社を辞めてばかりで貯金が減るのを心配して行かなかった。これは今思い返しても痛恨の間違いだった。パレスチナの結婚式に招かれるチャンスが人生で何度訪れるだろう?バカすぎる!

この一件はずっと自分の頭のなかでくすぶっている。だから、行きたい場所に行くチャンスがあると多少無理してしまう。前後の日程や仕事量がタイトでも「なんとかなる、なんとかする」の呪文をブツブツと心の中でつぶやきながら旅程を組む。

一度、セルフケアを怠って自分の体力を盲目的に過信したプランを組んでしまい、大怪我をしたことがある。このことは2作目の本「ピンヒールははかない」に詳しく書いた。


その教訓を生かして、今は、ニューヨークや山の家で体の力を抜く時間を確保したり、心身の健康のためにどこへ行ってもやるヨガと瞑想のルーティンをデザインすることに気をつけている。

ときどきちょっと疲れていると「いつまでこうやって旅を続けるつもりなのだ」と自分に自問自答することもある。最近、旅の最中に出会ったミュージシャンが素敵なことを言った。「僕らはみんな創造主が組み立てた旅をしていて、途上、いろいろな障害物やヒントが転がっている。ヒントを拾って使うか、障害を処理できるかは自分次第」

無神論者の自分としては「創造主」うんぬんんはおいておいて、私も、人生という長い旅は、ロール・プレイング・ゲームだと思っている。やってくる障害物を処理しながら、ヒントを拾い、パワーアップできるかを試されるゲームだ。だから、このまましばらく、人生という旅がどこに連れて行ってくれるのか、委ねてみようと思う。

旅人としてのスキル

ところで旅をし続ける、というのは、容易なことではない。事前の準備もけっこうあるし、旅の途中で予定が変わることもある。女性だからこそ気をつけないといけないこともある。旅を続けながら、いつも「旅人としてのスキルを上げたい」と思っている。旅に有用なスキルには、自分が得意なものもあるし、苦手なものもある。2019年の自分にとって大切だと思われる旅のスキルを書き出してみた。

1,孤独を楽しむことができる
私は一人でウロウロしながら考え事をするのが大好きだ。一人でご飯を食べるのもまったく苦にならない。

2,運命を自分以外の人や偶発に委ねることができる
仕事だとそうもいかないのだけれど、自分主導の旅のときは、旅程を決め込まないことも多い。計画に縛られるより、行く先々で会った人から聞く情報にオープンでいるほうが、驚きも多いし、思いもがけない楽しい時間や新たな友情に出会うことができるから。

3,未知を恐れない
自分が知らない世界、知らない価値観と恐れずに触れ合ったほうが、世界は広がる、確実に。

4,苦手なものが少ない
ボットンのトイレや虫といったものをストレスに感じてしまうと疲れる。苦手なものは少なければ少ないほどストレスも減る。

5,常にアンテナを張っておく
行く予定のない場所のことでも、人や場所の話を聞いたら、メモしておく。地図上にマークするのも大切。

6,信用できるのはいつでもネットより人
ネットで得た情報は頼りにならない。人から聞く話が一番信用できる。

7,危険アンテナが鋭い
自分の存在が歓迎されていないとき、危険な空気が漂うとき、それを察知することができるというスキルは、海外では持っているにこしたことはない。一本道を間違っただけで、好ましくない状況にはまる可能性もある。ガードを上げすぎると、驚きには出会えないけれど、適度な危険アンテナを張っておく。

8,トラブルや思わぬ事態に動じない
エアラインのトラブル、予約関係といった旅につきもののアクシデントが起きたとき、なんとかなると余裕を持っていたい。

9,オーガニゼーション
私の苦手部門のひとつ。チケットや予約の類は決まった場所に入れておく。私の場合、クレジットカードのポイントやマイルを駆使して予約するために、航空券がバラバラなところにあったり、スケジュール帳に入れ忘れ、あとで探すのに一苦労、なんていうことも。

10,パッキング・スキル
何年やってもパッキングの達人にはなれそうもないといつもため息をついている。自宅のドアにはパッキングリストが書かれているというのに、やっぱりいつも何か忘れ物がある。

11,セルフケア
旅先で病院に行くのは面倒くさい。だから体調管理は重要なポイントのひとつ。若い頃は体力で押し切ったけれど、この年になるとそうもいかない。少しずつ元気に旅を続けるためのコツがわかってきた。ヨガマット、ブロックは常備して、どこにいても毎朝、ヨガと瞑想のルーティンに30分を割く。余裕のあるときは夜も1セットやる。水はとにかく飲む(忘れがち)。


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佐久間裕美子 明日は明日の風が吹く

文字を扱う商売。ニューヨークに家がありますが、いつもあっちをフラフラ、こっちをフラフラしています。著作に「#My LittleNewYorkTimes」「#ピンヒールははかない」「#ヒップな生活革命」。ニュース観察日記は Sakumag.comにて。

はじめまして

佐久間裕美子を知らない人のために、今やっていること、これまでのキャリアのこと、学んだことを振り返っています。
2つ のマガジンに含まれています
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