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ZINEを作る喜び TOKYO ART BOOK FAIRを前に

中学生のとき、紙の会社に勤めていたおじさんにわら半紙をどっさりもらった。それに絵を描いたり、稚拙な文章を書いたりするうちに、ホッチキスを止めて、同人誌のような体裁にしたりするようになった。あれがZINEと呼ばれるリトルプレスなのだと気がついたのは、ずっとあとになって、アメリカのリトルプレス文化に触れるようになってからだ。

ニューヨークには、MOMAの分館PS1で行われるニューヨーク・アート・ブック・フェアという秋の祭典がある。ニューヨークで行われる季節の風物詩の中でもダントツに好きなイベントで、よっぽどのことがない限り、訪れている。そしてiPadマガジンをやっていた2014年にはブースを出したこともあった。そのとき自分が感じた楽しさを表現する言葉を私は持たない。紙の印刷物という喪失ギリギリのところにあるメディアをこよなく愛する人たちが世界中から集まって、友達になったり、議論を交わし合ったり、教え合ったり、音楽のまわりに集ったりするのである。私のような人間にとっては、パラダイスだとしか言いようがない。

それでもそのときは、不思議なことに、ZINEを作ろうと思わなかった、なぜか。4年後にバンコクに遊びにいって、ある場所について久しぶりに感じた強い感情の行き場が見つからなくて、文章を書きたくなり、その熱を凝縮してすぐに出版したいと思ったときに、考えついたのがZINEだったのだ。

バンコクを拠点に活動する男たちと遊びほうけた熱い一週間について、バババッと書いた原稿を読み返してみたら、セックス産業やゴーゴーバーについて書いてあるわりには、女性の声が登場しない。これじゃあつまらないなと、もう一度バンコクを訪れて、女性たちと話をした。それを一本の原稿にまとめるのではあまりに普通だな、リトルプレスだからできることをしよう、そう思って、デザイナーの長嶋りかこさんに相談して、テープやレコードのように、A面・B面のあるZINEを作った。

それをやったら、同じフォーマットでもっとやりたいことがある、と感じた。去年は、たまたまアリゾナに暮らすネイティブ・アメリカンのホピ族の秘祭と、石垣島の某所で行われる秘祭に行くという幸運に恵まれたため、それを2面にした。

そして、明日から始まるTOKYO ART BOOK FAIRのために、これまで20回近く訪れたデトロイトの破綻前・破綻後の物語を「Detroit and I, Before 2013/After 2013」というZINEに落とし込んだ。

普通の出版社から本を出すこともやっている自分が、なぜわざわざZINEを出すのかと聞かれることがある。

その答えはいくつもある。

まずは、ZINEは、私にとって本とは違う。とてもパーソナルで、とても私的なものだ。一般の流通に乗る本とはまったく違うアプローチで書いている。ごくごく少数の人だけに読まれた状態で印刷してしまう。印刷前に原稿を読むのは、私とデザインする人だけである。

ZINEはおそらく一般書に比べて割高である。その分、物体としての美しさを大切にしている。こんな時代に、小さな本にお金を払ってくれる人が大切にできるような物体を作りたいからだ。

そしてZINEは、私にとっては、人とのふれあいをもたらしてくれるツールでもある。今は自分のウェブサイトや、信用する一部の本屋さんでも売っていただいているが、それは遠くにいても読みたいと言ってくれる人がいるからで、でも基本、自分が読者に直接渡すことを想定して作っている。ZINEがあるから出会える人たちがいる。そして、ブックフェアが、それができる場所を作ってくれるのである。

というわけで、明日から、TOKYO ART BOOK FAIRが始まる。この春、銀座のSONY PARKで実施されたサテライト展に参加して、そこに来ていた作家の植本一子ちゃんと、その場のノリで「一緒にブースやろー」と盛り上がったことが実現した。デザイナーの山野英之さんも参加してくれることになった。

明日から月曜日まで行われるTOKYO ART BOOK FAIRで、どんな人と出会えるだろうか。私たちは、A80というブースにいます。みなさんにお会いできるのを楽しみにしています!

今夜は、遠足前の小学生のように眠れなくなりそうだよ。






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