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仕事とお金の話1(はじめましてシリーズ)

(最近、トークなどでよくお金の話が話題に出るので、自分とお金の関係について書いてみました)

私が、会社員をやってみて「向いてないな」と思った理由のひとつに、「すごくがんばった月も、暇だった月も給料が一緒」ということでした。基本怠慢な性格なので、がんばっただけ入ってくるお金に影響するシステムなほうが、自分には向いていると思ったのでした。

というわけで、6年間の会社員生活ののち、2003年に独立してからは「毎月入ってくる収入が違う」生活をもう15年以上やっていることになります。

私の業界では、した仕事のギャラが入ってくるのが半年後、などということもありますし、出張や取材・撮影の持ち出し(経費の立替)もしょっちゅうなので、金銭的な不安定感がストレスになる人にはおすすめできません。

独立してしばらくの間は、「来月大丈夫かな」などと不安に思うこともなくはありませんでしたが、今は「なんとかなる」と常に思っています。16年の間に、怪我をして仕事をできなくなったときも含め、なんとかならなかったことがないし、そもそも、まだ起きていないけれど、起きるかもしれないことを心配しながら生きるということは、少なくとも自分の場合、ストレスにしかならないと思ったために、ストレスから解放される道を選んだからだと思います。

出入りが激しい、収入に(ときには激しく)増減があることについては、もうすっかり人生の前提の一部となっていますが、お金との付き合い方については、今も、日々学ぶことばかりです。

私が学生時代に文章を書いて初めてお金をもらったときには、「文章を書いてお金をもらえるなんて!」と思ったものでしたが、アルバイトとしてお金をもらうのと、自分の生活をすべてそれで賄うというのでは、話が違ってきます。

会社員をやりながら二足のわらじを履いていたとき、「早く辞めないと!」と焦っていたのは、黙っていても毎年給料が上がる仕組みに、「辞めたい辞めたい」と言いながら、ローンを組んだり、家族を持ったりして、何十年もいる、という先輩たちがずいぶんいたからです。給料に満足してしまう前に辞めなければ!と思ったのですね。

ちなみに余談ですが、私は、まだ会社員だった29歳のときに、最初のローンを組んで、今考えてもびっくりするほど安い値段でマンションを買いました。ローンの返済額は、そのとき払っていた家賃とほぼ同じだったために、会社を辞めても払っていける、と思ったのですね。29歳でよくそんなことを考えたなあと思いますが、アメリカの当時の空気感に乗せられたのと、本年は「ダメ元」で出してみたら通っちゃった、という感じでした。

そうやって、満を持したつもりで会社を辞めたわけですが、やっぱり実際に辞めてみると、それまで会社に行くことでもらっていたお金と、自分の福利厚生や設備などの責任を持つお金を、原稿料だけで稼ぐのはけっこう大変だということがわかりました。為替のレートの変動や、税金のことは、会社を辞めてみるまであまり深く考えていなかった。

ですから、フリーランスで来る仕事は通訳やら立ち番やら、なんでも片っ端から引き受けていました。幸運なことに、最初の何年かは、2度めに務めた会社、最後の会社からもフリーでちょこちょこ仕事をもらったりもしました。

メンズのファッションの仕事をやるようになったことから、ファッション撮影の仕事も来るようになりました。そこから(小規模の)広告やカタログの制作の仕事にも広がっていきました。

つまりこの頃の自分の財布は、「書く」ことの成果物に対して払われる原稿料と、撮影などの現場に出ることでもらえる日給で成り立っていたのでした。

日給というものには、だいたいそれぞれの業界の相場や計算方法がありますから、シンプルです。ところが「書く」という仕事は、不思議なものです。同じ行為をしても、一番安いと数千円台から、上は何十万円まで、もらえるお金が、依頼主や成果物の使われ方によってワイルドに変わるのです。かつ、その金額と、かかる労力や時間の間にはほとんど相関関係はなかったりする。

その頃は、ビジュアル系の雑誌の仕事をメインにしていたのですが、その手の雑誌にはページ単価というものがあります。それがまた、会社によってずいぶん違うのです。同じ雑誌1ページになる仕事(取材、または撮影)をしても、そこにコーディネート料(海外にいると本来エディターがやるはずの仕事をやったりもするために)を乗せてくれる会社もあって、ページ単価1〜4万円といった感じでした。インタビューのような1P、2Pという仕事もやっていましたが、6〜10Pの旅のストーリーやまとまったフィーチャーもやっていたので、今思うと、わりと安定していたと思います。それで、少しずつ「書く」以外の仕事を減らすようになりました。

ところが、2008年にリーマンショックがやってきました。

(続く)


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さんきゅっ
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佐久間裕美子 明日は明日の風が吹く

文字を扱う商売。ニューヨークに家がありますが、いつもあっちをフラフラ、こっちをフラフラしています。著作に「#My LittleNewYorkTimes」「#ピンヒールははかない」「#ヒップな生活革命」。ニュース観察日記は Sakumag.comにて。

はじめまして

佐久間裕美子を知らない人のために、今やっていること、これまでのキャリアのこと、学んだことを振り返っています。
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