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夏家族:父のバースデーケーキ

その年、父は最後の夏を過ごしました。

真夏の一時帰宅、それは結果的に、わたしたち家族が祝う父の最後の誕生日を彩ることとなりました。

父のために買ったバースデーケーキは、暑い季節にそぐわないチョコレートたっぷりのものでした。
まだ3歳だった小さな姪は、このケーキが誰のために用意されたものなのかを正しく心得、カットしたケーキの端っこをスプーンですくい、テーブルの中央に座る父の口元へと運びました。

その時のわたしたちの拍手とささやかな歓声は、父のひと言と涙に溶け落ちました。「わし、こんなん初めてや…」。

父の生きた子ども時代には、まだケーキを囲んで祝う習慣もなかったのでしょう。大人になってからも、わたしたち家族が父のためにケーキを用意したことはありませんでした。

父にとって、これが最初で最後のバースデーケーキだったのです。


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