Manga ⇔ Tokyo 潜入レポート _ パリ節約自炊生活番外編

ご無沙汰しております、旦那様です。
久々に嫁のアカウントを乗っ取ってお送りしております。

今回は Manga ↔ Tokyo と題された、「漫画やアニメ、ゲームの中で描かれる舞台としての東京」をテーマにしたエキシビジョンに伺ったのでその様子をお届けします。

執筆 BGM は Toshl のカバーアルバム「I AM A SINGER」そして小澤征爾指揮のベートヴェン「第九」です。

◆Manga ↔ Tokyoとは?

3年前、東京・六本木の国立新美術館で「ニッポンの漫画・アニメ・ゲーム」と題された展示会が開催されました。当時僕は新美術館の眼の前にある大学で働いていたので、少し早く仕事を終わらせて会場に向かったのでした。そこにあったのは、懐かしのあのアニメ!この漫画!ドリームキャスト!シェンムー!(の続編いつの日か待ってる!)パプリカ!メトロポリス!........と、日本のカルチャーの一翼を担う漫画・アニメ・ゲームの現在地を把握するには十二分すぎるエキシビジョンなのでした。

ただし。芸術って、日本だと、いろいろな意味で「カッコつける」ためにあるんですよね。

普段美術館に来るような、代官山で一斤750円の食パンを買うようなマダムたちは一切訪れておらず、主に来ていたのは、日本が好きすぎて、Netflix や CrunchRoll のアニメ公開が待ちきれずに現地リアルタイムでアニメの最新話が見たくて、うっかり日本の大学や企業に就学や就職を決めてしまったような、ヨーロッパやアジアの皆々様だったのでした。

うっかり包装紙に浮世絵を使っていた200年前から、我々は、我々の文化の価値を外部の人たちに教えていただく強く確かな伝統を有しているのであります。

せっかく海外の人たちに評価してもらっているアニメや漫画やゲームという素晴らしい文化を有しておきながら、その価値を理解出来ずに、芸術を好きな人達が足を運ばないというのは、至極残念だなあと思った3年前でした。

そして3年後。

ふとしたキッカケでパリ節約自炊生活を始めた結果、パリで前述したエキシビジョンの第二弾とも言える、Manga <-> Tokyo を訪れる機会に恵まれたのでした。本エキシビジョンの目的は、以下の引用の通り、「架空の物語の舞台としての東京を捉えること。そうした架空の物語が、東京という都市に与えてきた影響を知ること」にあるとのこと。

日本のマンガ・アニメ・ゲーム・特撮作品は、都市〈東京〉の特徴や変化を、鏡のように映しだしてきました。本展は、そのさまざまな描写を、多数の原画や模型、映像などでたどります。現実の都市の特徴がいかにフィクションに影響を与え、方向付けてきたのか。またそれらフィクションやそのキャラクターが、現実の都市にいかなるイメージを重層的に付与し、作用をおよぼしてきたのか。本展は、日本のマンガ・アニメ・ゲーム・特撮の展示であると同時に、そこに映し出され、さらには人々の記憶の中で重ね合わされた、〈東京〉を展示します。「聖地巡礼」など、アニメやゲームが観光資源として注目される中、その意味や可能性に光を当てます。(引用- http://www.nact.jp/exhibition_special/2018/MANGA-TOKYO/)

◆言葉は都市を変えていく -ミニチュア化された東京という街-

会場の外には、サムネイルにあるように、8月か12月のりんかい線国際展示場かと見間違えるかのような、ラブライブ!や初音ミクの巨大広告が鎮座していたのでした。

さっそく「東京」っぽい。

そして会場に入ると、そこにはミニチュア化された東京の街が!そして、ゴジラやシン・ゴジラや3月のライオンやラブライブ!(初代)など、東京を舞台にした数々のアニメや特撮作品が!

そして振り返ると、ネルフ司令部が!

一番上に立って、「第三種戦闘配置!かまわん、やれ!」とか「なぜ私を受け入れない!ユイ!」(奥様注. このセリフを言ったのはここではありません) とやりたかったのですが残念ながら碇ゲンドウ総司令の場所までは登ることは出来ませんでした。

こうした東京の巨大地図ジオラマは、株式会社ニシムラ精密地形模型が、東京タワーなどの構造物は株式会社マーブリング・ファインアーツが、ジオラマの上にある巨大スクリーンの映像コンテンツをCEKAI というクリエイティブチームがそれぞれ担当されたとのこと。(加筆修正 2018/12/11; 今泉様ありがとうございました)。東京タワーやスカイツリー、お台場が完全に再現されたパノラマは、中々の迫力があります。

また、監修は明治大学国際日本学部の森川嘉一郎准教授が勤められているとのこと。会場2F に配置された各種展示の実際の「場」を、東京の地図で辿れるように構成されているのが見事でした。

こちらは、今回の展示会のキャラクター「よりこさん」。会場のそこかしこに登場して、フランスの人々に、アニメやゲームの舞台に登場する東京のそこかしこが、どういう歴史を有してきたかのかを、懇切丁寧にフランス語か英語かで説明してくれます。

後述するトークセッションによれば、「主人公の隣にいる女の子」をイメージしてキャラクターデザインされたとのこと。

◆広重からエヴァからラブライブ!

奥様が幾度かこのブログでも書いていますが、フランスの皆さんはうんちくというか、歴史的なコンテキストにかこつけて、モノやコトの価値を説明づけることが大好きです。

「このボルドーのワインをつくったフィリップさんの農家はナポレオン時代に....」とか、そういう感じの。

かくして、今回のエキシビジョンでも、かくも当然のように、江戸が成立した過程や、広重の浮世絵や、江戸が東京へと移り変わる過程や、関東大震災に関連する地図や作品を、ラブライブ!やシティーハンターと並立して展示していたのでした。

こうすると、たとえばμ’sがトレーニングしていた神田の神社と、瀧君と三葉さん(それにしても、瀧君から3歳年上という設定って本当にエロいよね)が最終的に巡り合って「君の名は。」と尋ねる神社が、どれくらいの距離感にあって、どういう歴史を経てそこにあるのか、知ることが出来るのです。それって、気づかなかったことに光を当ててくれたりします。

どうやら昨今、日本では上沼恵美子という天才の業績を知らなかった40歳の漫才師が炎上しているようですが、歴史的なコンテキストを踏まえて、作品の立ち位置を説明づけることは、こんなにもそれぞれの作品を面白く見せてくれるのだなあと思った次第です。

まあ、とろサーモンはパリでは食べられないんだけど。

◆日本人の通訳さんは知らないけどフランス人は知っている日本アニメ

今日はエキシビジョンと並行して、トークセッション「Rencontre Author De L' Animation Japonese (訳: 日本アニメーション学会)」が開催されていました。せっかくなので、お邪魔してきました。

登壇者は、

・吉成曜(アニメ監督、イラストレーター)
・コヤマシゲト(デザイナー、アート・ディレクター)
・草野剛 (グラフィックデザイナー)

の三名。それぞれ、Big Hero 6 やエヴァンゲリオンQ やキルラキルやパンティーアンドストッキングwithガーターベルトやグレンラガンやリトルウイッチアカデミアやアイドルマスターシンデレラガールズを担当されてきたすごい皆さんです。

彼ら登壇者を除き、聴衆のほとんどがフランスの皆さんでした。ただし、日本語はアニメを見ているので結構、かなり理解されていました。何よりも、おそらく、僕や奥様の Facebook の友だちの95% 有意が、見たことも聞いたこともないような、日本の深夜アニメ作品をすぐさまに答えられるのが凄まじいばかりでした。

ゆるキャン観て、キャンプ行きたくなったよね?」
「そうですね!」

トークセッションでは、吉成監督がタブレットとphotoshop を駆使しながら、「ヨリコさん」を一時間ほど書けて描いてくれたのでした。残念ながらネットでの公開や撮影はNGとのこと。

具体的なレポタージュは後日どこかの雑誌で掲載されると思うので、簡潔に印象に残った発言を列記しておくことにしようと思います。

・日本のアニメーションはアートではなくストーリーに主眼を置いている。一方、フランスのコミックは絵そのものが重要であり、美術のいちジャンルとして位置づけられている

・漫画とアニメーションの違いについて。漫画は個人で、ひとりで制作するもの。アニメーションは集団作業による成果物であり、アニメーターは絵を書くこと「だけ」が仕事である。

・(森川教授も書かれていたが)リアルに描写しないとアニメーション作品で東京を表現することは難しい。暗黙的に、舞台は東京だと認識されるため。昨今はラブライブ!や君の名は。など、東京であることを意識させる作品が増えている。

・(ヨリコさんのキャラクターデザインについて) 物語性をどこまで削れるかを考えた。二次元のキャラクターがコスプレをしても、そのキャラクターのデフォルメやキャラクター自体だと捉えられる可能性がある。具体的には、吉成監督が書いたセーラームーンにならないようにした。記号として、最後にメガネが残った。主人公の隣にいる女の子をイメージした。

・(日本のアニメーションについて) 日本のアニメーションは時間および予算制約が非常に大きい。アメリカのアニメーションの場合、秒間24フレームを使っているが日本のアニメはそれほど使っていない。時間や予算制約の結果、止まっている絵に情報を盛り込むように変わっていた。枚数が使えない分、一枚に労力を使うようになり、特殊なスタイルが出来ていった。しかしながら、写実が基本ではなく、あくまでディズニーのアニメーションが源流にある。ディズニーの作り出したアニメーションがベースだけれど、「歪んだ形で」進化した。正当な進化ではない。そうしたことを踏まえて (Hero 6 の仕事は) アメリカから日本に受け取ったものをアメリカに返す感覚であった。

(以下質疑応答)
・Q. Netflix は日本のアニメ制作にどのような影響を与えているのか。Netflix の資金が投入されても、日本らしいアーティステックなアニメーションを作ることは出来るのか?
・A. リトルウイッチアカデミアは Netflix が日本市場に参入して最初期の作品だったため、自由に作ることが出来た。Netflix からのオーダーはなかった。Neflix 内にも作品の流行り廃りがある。そのため、そうしたブームに合わせて作品を作るようにという発注が出てきた。少しづつ、自由ではなくなってきているのかもしれない。

・Q. リトルウイッチアカデミアの主なメッセージは?
・A. リトルウイッチアカデミアで描いた魔法とは、現実世界におけるアニメーションなどのエンターテイメントの置き換えだと考えて欲しい。現実世界のアニメーション技術とは、リトルウィッチアカデミア世界での魔法のようなもの。アニメーションは、決して世の中を変えることはできない。直接的に世の中には影響しないけれど、人の心は変えることができる。アニメーションも、物理的に何かを変えることはできないけれど、精神的には何かを変えることが出来る。

・Q. キルラキルと、パンティーアンドストッキングwith ガーターベルトの続編が観たいんですが....
・A. 僕たちも観たいです。ファンの声が大切です!

◆日本人が気づかない日本らしさ

展示は続きます。

まずは、先日パリでのコンサートを終えられた初音ミクさんが経営されるコンビニエンスストア。(これも奥様が何度か書かれていますが、パリには『コンビニ』は無かったりします。オスロにはセブンイレブンがありましたが、それもやはり日本で見知る『コンビニ』とはかなり違っています。)

絵馬コーナー。これがミクちゃんですか。

山手線 in Paris.
VR を使って、国際展示場駅や新宿 -> 中野間を流しています。

日本だとすぐさまに炎上してしまいそうな、子どもとパチンコ台。
ルパン三世。涼宮ハルヒの憂鬱。

セーラームーンとガンダム。

うさぎ100% vs. ゴジラ (前者は持ち込み)

コンビニや山手線、東京タワーや東京都庁など、東京で暮らしているとあまりにもありふれすぎていて、気にも留めないものが、アニメやゲームや漫画というフィルターを通すことで、異世界東京の構成要素のひとつとなっていることを、改めて知った次第です。

………確かに、パリ暮らしも長くなってきたので、おにぎりが買える小さなショップや、赤い色がついているタワーや、何よりもきれいな電車は、相応に不思議なものに思えたのでした。

◆まとめ

かくして、東京を離れて早半年以上経った日本人夫婦ふたりにとっては、大満足なエキシビジョンだったのでした。

そして、帰りの、演説おじさんやバイオリン演奏おじさんが現れるパリのメトロの中で、僕はこういうことを考えていたのでした。

「なぜ、日本だとこういう展示会はガラガラになってしまうのだろう。」

経営学では「ミラー効果」という言葉があります。

日本で何かを売りたい場合には、まず、日本で売るのではなく、海外で売って「あのアメリカ and/or ヨーロッパでも売れている〇〇」としたほうが、日本でのマーケティングや販売も円滑に進むそうです。

古くはホンダのスーパーカブ、海外レコーディングをしたロックミュージシャン、サッカー日本代表の海外組、最近なら海外で研究をしてきた(している)経済学者や経営学者も、これに当てはまるかもしれません(笑)

とかく、価値体系というのを、自分たちで作ることが私達は苦手みたいで、何かしら、海外での評価であったり、海外で人気のあるもの、海外で受け入れられたものを、有り難く思ったりしてしまう文化があります。

一番最近なら、9月から10月にパリの「カルーセル・デュ・ルーブル」で行われた、香取慎吾さんの展覧会もそれに当てはまるかもしれません。

日本での報道、あるいはソーシャルメディアの反応を観ると、パリのルーブルで展示した香取くんはすごい!もしくは、金であの場所をかった『新しい地図』はオカシイ!という、ポジティブあるいはネガティブな意見が散見されたのですが、残念ながら、そういうことじゃなかった気が、改めてするのです。

「あのフランスの!パリの!ルーブルで!展示されたから香取慎吾の絵はすごい」ではなくて、「この作品はピカソやダリと照らし合わせて、ここに新規性があるから、香取慎吾のこの作品はすごい!」っていうのを、本当は僕たちもやったほうが良い気がしています。

誰かの価値観に頼って判断をして、生きるのはとても簡単です。で、新しいことをしているつもりでも、それは誰かの価値観の中ではそんなに新しくなくて、本当はありふれていることだったりします。

なので、本当に新しいことをしたいのなら、歴史を知ること。
歴史の中で、自分達の立ち位置を決めること。

アニメーションや漫画、ゲームなどの比較的新しく、かつ世界に通用する文化が日本国内では低く評価され続けていることは、日本にとって、とても不幸なことだと、フランスという価値観を自分たちで作り上げることに情熱を費やす国に居ると常々思います。時々は、それが上昇気流となってワールドカップを持ち帰ってきたり、時々は、それが斥力となって数千人が逮捕される黄色いチョッキの暴動になったりするのですが。

せっかく新たな文化体系を生み出したのだから、それを海外の評価体系に頼るのではなく、自分たちで価値を作り出すことが出来ると、良いのになあと改めて考えた MANGA ⇔ TOKYO 展なのでした。

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yukakudo12

パリ節約自炊生活

2018年4月から旦那様の仕事の関係でパリで生活することになりました。素敵なカフェやビストロに目移りしますが、日々の生活も工夫すれば楽しいはず!ということで、節約自炊生活に関するあれこれを綴っていきます。 ゆるいルールとして、1日2人分3食で15€(約1,900円)以下を目...
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当然のことながら意見具申は認められず。当時、JAniCAや文化庁事業関連で専らアニメ等に携わり、14年暮れに発足したマンガ・アニメ・ゲームに関する議員連盟のサポートをしていた身として、1990年の手塚治虫展以来、25年ぶり2回目となる国立美術館におけるアニメやマンガ等に関する展覧会が轟沈という事態はなんとか回避したく、せめて港まで曳航できる程度の被害に留めたいという想いで、また、これまでお願いするばかりであった濵野先生に初めて召集いただいた案件ということもあり、置き土産を全うしなければならないという義務感も手伝い、森川先生、草野剛さん、コヤマシゲトさんにその場で電話をし、その日の夜、新美に集まっていただきました。確かGW直前、6月23日の内覧会まで2ヶ月ありなしといったころでした。そのまま、深夜まで立て直し策を検討、結果、最初と最後に注力しつつ、タイポグラフィ・デザイン的に全体の統一感を持たせることで、総体としての印象を底上げするというコンセプトが定まり、そこから先は真住さん、草野さんらの不眠不休の甲斐あって、なんとか開催にこぎ着けました。何もかもが懐かしい...
その意味で、今回、パリ展のキュレーションを森川先生、キュレーション方面の実務統括を真住さん、デザインを草野さんとコヤマさんに仕切っていただけたのは、あの時、劣悪な環境でベストを尽くして下さった皆さんへのせめてもの、であります。必ずしも十分でなかったとは思いますが、あの時に比べればマシな準備時間と予算、環境を整えることができたのは幸いでした。あの時にはいらっしゃらなかった、今泉真緒さんという事務統括を得られたのも僥倖でした。

日本の国力等も考えると、今後、今回ほどの環境を用意することはもしかすると、近い将来の範囲では難しいかも知れません。来年の大英はこれらの積み重ねの先にあるものではありますが、主体はあくまで大英博物館です。雛が巣立つ様で嬉しくもありますが、反面、打ち上げたロケットを地上から見送る様な一抹のさみしさも感じます。

パリもまだ終わっておらず、ロンドンも放って置いて成立するところまでは至っていないと認識しております。多くの皆さんのお力により、何れも在るべき様に成る様、引き続き微力を尽くしたいと存じます。レポート、ありがとうございました。
DaisukeP 様、コメント頂きありがとうございました。

当時はGRIPS で働いていましたが、眼の前でそんなドラマが繰り広げられたのですね。
この展示会、個人的な希望を言えば、是非日本で観られたらと思います。
まさしく、「ミラー効果」になってしまうのでしょうが・・・

ロンドンも楽しみです。来年是非伺えればと考えています。

(旦那、こと原泰史(CEAFJP/EHESS ミシュランフェロー))
4月の28日ころだったでしょうか。夕刻暮れなずむころ、新美で「撤回まかりならん」の御前会議が終わり、新美正門(六本木側)前でGRIPSの建物を眺めながら、森川先生、草野さん、コヤマさんに次々電話し、事情説明と当日夜の駆けつけをお願いしました。小一時間は居たと思います。

パリ展は一応、計画はあります。ただ、何せ企画がla villetteという会場に合わせ、後先考えずに振り切った構成となっていることもあり、幾ら想定会場で実現できたとしても、専ら環境と予算の関係もあり、相当異なった印象のものになるだろうと思っております。

ロンドンはおそらく、パリとは全く異なった意味で、一時代を画する試みになるだろうと思います。大英博物館 with ニコル先生というジュノーンに、パリ展までに培った諸々というレッド・ミラージュのエンジンを載せたらどうなるか...という厨二病全開な好奇心が原動力です。現状、次に関する具体的な予定はありません。是非、現地でご覧下さい。また嬉しくレポートを拝読できる様、最善を尽くします。
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