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おつまみ争奪戦をしていた、あの頃

「父さん、また僕のチョコたべちゃったの?」

冷蔵庫から引っ張り出した僕のピーナッツチョコレートは、買った時の重みをすっかりなくし、カサカサとしたただの袋になっていた。

いや。

よく見ると、わずかにだが残っている。

「いや、残してあるだろ」

後ろから聞こえてきた父の声に、何か言ってやろうと口を開きかけ、途中で諦めた。

菓子は共有場所に置かれた時点で、家族との競争だ。家族といえど、食べ物に関しては他人だと思え。

しかし僕ときたら、この家族間競争にはめっぽう弱かった。
元々、長男で競争相手がいない期間も長く、後から来たのも妹だ。
勝ち気すぎる妹は、自分のものの配分もしっかりしているが、同じくらい家族といえど人の分には手を出さない、というルールを確立している。

その中でおっとりと生きていた草食動物の僕と、上に信じられないくらい兄弟がいた父とでは環境が違う。
あっちは、歴戦の強者だ。

そんな話をちらりと友人にした時、相手に不思議そうな顔で尋ねられた。

「子供の頃は?」
「え?」
「ゆんぐうが子供の頃は違ったんだよな。なんで」

だから慣れてないんだろう?

そう問われて、ようやく僕も思い至った。

「親父、子供の頃は帰ってくるの遅くて、ほとんど家にいなかったからなぁ」

そんないさかいを起こす余地もなかったのだ。

残念ながら、それを寂しがるメンタリティをカケラも持たなかったものの、距離の開きはどうにもならなかったのだ。


それから十年以上の歳月を経て、僕がその頃の父の年を追い越しても、その時の父の気持ちなど分からないし、それは父も同じだと思う。

よく似た味の好みを持つ以外は。

実家を出た今になれば、と、あの頃が懐かしく思い出されたら美談なのだが、そんなことはもちろんない。

そんなことはないのだが。

一人で暮らすようになってから、たまにピーナッツチョコレートの袋を持て余すのだ。