Endear(今聴いている音楽から文章を書いてみるテスト#1)

 カメラを持つ手が震えたあの時のことを忘れる事なんかできやしない。それこそ一生頭に刻み込まれることになるだろう衝撃的な記憶。こんなことそうそうないだろう。

「私を綺麗に撮って欲しい」
 クラスメイトの月嶋に告げられたのは一学期の期末試験が終わった日のことだった。僕が写真部で毒にも薬にもならない写真を撮っていたのはクラスの皆が知っていた。だけど、撮影依頼を受けるとは思わなかった。なにせ僕の写真に対しての周囲の評価は酷いものだからだ。

 曰く、何故モノクロなのか。
 曰く、何故被写体がつまらないのか。
 曰く、特徴が無いのか特徴。

 散々な言われようだった。自分なりの美意識と技術を結集して撮っているはずなのに誰にも評価されない。写真部で活動を始めたのが中学二年の頃なので、もうこんなのが四年は続いていた。雑誌や地域、団体のコンテストに出しても落選ばかり。学園祭で部の展示をしても感想は来ない。そんなのばっかりだ。
 なので、月嶋から自分を撮って欲しいなんて言われたのは非常にびっくりした。

 正直、断りたかった。いくらクラス屈指の人気を誇る彼女の願いとはいえ、ちゃんと撮れる自信が無い自分が受けてはいけないのではないかと思ってしまう。
「大丈夫、君なら最高の写真を撮ってくれると信じているから」
 おだてられて、なおも固辞することはさすがに出来なかった。渋々了承すると、月嶋は二つの条件を出した。

 一つ、カラーのフィルムで撮って欲しい。
 二つ、カメラはこちらで用意するのでそれを使って欲しい。

 デジタル全盛のこのご時世にフィルム。最近再評価されているし、部で使っていたこともあるので特に問題は無い。カメラも古いけどしっかりしたものだから安心してと言われた。なぜそんな条件なのかその時は教えてはくれなかった。

 梅雨が明けた最初の土曜日、それが撮影の日となった。夏が始まると思わせる気温と天気。最高の撮影日和なのに気分はまだ重かった。何か一番重いってカラーで写真を撮ることだった。僕のモノクロは逃げの選択肢だった。構図や光の加減は理解できても色まで考えることは出来なかった。だから安易にモノクロで写真を撮る。自分の良くない点はそこだと理解しつつも抜け出せなかった。故にカラーで撮るが恐いのだ。

 我らが愛する地方都市の駅ビルで月嶋と待ち合わせた。既に彼女は到着していたようで、慌ててかけより、遅れたことを詫びた。
「楽しみだったから早く来ちゃった」
心底楽しそうに笑う彼女は普段のイメージとか全く違った。白と青を基調とした清楚なワンピースに同じ色の日傘、長く艶やかな髪はセットされ、薄いながらも化粧をしていたようだった。普段から美少女で通っていたけれど、磨けばどこまでも輝くのだなと心底感嘆した。

 これで撮って欲しいと言われて渡されたのは国産の古い一眼レフだった。銀が基調でペンタ部しっかり三角。レンズは50mm F1.4の単焦点が取付けられていた。もう四十年以上前の代物なのに状態は非常に良く、手入れもしっかりされているようだった。フィルムは家電量販店で売られている普通のカラーフィルム。三十六枚撮りが三つあった。
早速フィルムを入れて試し撮りを一枚。しっかりとした反動とシャッター音。デジタルではないので、その場で結果は見られないけど、きっと大丈夫だろう。

 移動しながら月嶋から操作のレクチャーを受け、僕らはバスターミナルからバスに乗りこみ、移動をする。行き先は正直ド田舎である。
揺られること1時間半、周囲は田んぼ、聞こえるのは蝉の声。そんな場所に僕らは降りたった。月嶋曰く、ここは母方の実家近くで、小さい頃からよく遊びに来ていたらしい。
幼少の頃の彼女はやんちゃだったらしく、この小道を全力で駆け巡ったり、ザリガニ釣りや虫取りをしていたらしい。それがこんな美少女になるのだからわからないものだ。

 月嶋の希望で小川のほとりで何枚か写真を撮ることになった。レフ板を傾けながら重い一眼レフを操作するのは正直辛い。失敗したらどうしようという恐怖もあった。だけど、ファインダーを覗いて被写体に対峙したら、別の意味で震えが止まらなかった。

 草の匂い、水の流れる音、空の色、草の色、土の色、そして月嶋の色。

 何もかもが完璧すぎた。ここまで脳を揺さぶられる光景は生涯そうはないだろう。無心でシャッターを切る。パラメーターなんか覚えていない。感覚で適切な絞りと明るさを決めてただひたすら写真を撮り続けた。


 夕暮れ、僕らは停留所のベンチで地元行きの最終バスを待っていた。心地よい疲労感が全身を巡る。日焼けもしたのか首の後ろがヒリヒリする。
 バス停にういていから無言だった月嶋は不意に僕の名前を呼んでこう言ってきた。
「例えばだよ。私が重い病気でもう命幾ばくか無い状況って言ったら信じる?」
「信じる」
「なんで?」
「今日の月嶋は何もかもが眩しすぎた。まるで線香花火が最期の輝きを見せるかみたいでさ、危ういのに凄く綺麗だった」
 気障ったらしい台詞だと言った後悔した。でも彼女は心底嬉しそうに笑っていた。
「ありがとう。でも、冗談だから気にしないで。あー、写真の出来上がり楽しみだな!」

 帰りのバスでは二人して眠っていたので、気がついたら地元のバスターミナルだった。
降り立ってから、特に何かをするわけでもなく、そのまま別れて各々帰宅の途についた。

 夏休み中に汗だくになりながら暗室で現像した写真は想像以上の出来だった。自分がここまでうまく撮れるなんて信じられないほどだ。顧問の教師から是非コンテストに出すべきだと言われたが、被写体である月嶋の許可が下りないと無理だと思い、二学期まで持ち越すことにした。

 あっという間に夏休みは終わり、新学期が始まった。
 写真を持って教室にやって来たが、いつまで経っても月嶋はやってこない。何故なんだという疑問とやんわりとした嫌な予感。
「月嶋は重い病気で東京の病院に入院することになった」
 ホームルームで告げられた答え合わせ。担任教師ははっきりとそう言った。お見舞いにも行けない距離のその病院。月嶋の嘘吐きめ、どうしろというのだ?
 なんとか写真だけでも届けたいと、月嶋の入院している病院を聞き出したかったが、担任はプライバシーと病気を理由に教えてくれなかった。
 結局、その写真は彼女に見せるチャンスを失い、アルバムにまとめて自室の本棚にしまった。


 それから数ヶ月後――


 自分の「作品」がこんな大きなギャラリーに展示されているなんて信じられなかった。
ギャラリーも多ければ写真も大きい。なにせ大賞だ。

 学生の部 大賞 「Endear」

 夕暮れのバス停のベンチで撮った一枚。心底嬉しそうな月嶋を撮ったそれはあの時撮った百八枚目の写真だった。一番自然体で儚くて、でも本当に嬉しそうな彼女の笑顔。
 あれから何度アルバムを見返しても自分だけでなく、すべてが味方してくれて撮れた奇跡だとすら思っていた。だから、どうしてもこれだけは世に出したいと思った。その一心でありとあらゆる手段を用いた結果、奇跡的に月嶋と連絡が取れ、なんとか許可を得たのだ。


「えー、こんなに大きく飾られているの? さすがに恥ずかしい!」
 背後から聞こえる嘘つきの声。文句や苦情はすべて聞こう。そう思いながら月嶋の方へ歩いて行った。

Endear/Couple N

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