あーと

人生ってアートだなって又思った

いつも違う方向から思考が始まるのだが、また同じ結論にたどり着いた

伝えるものがあるアートを作るのってすっごく難しい

そして価値のあるアートでも時期によっては伝わらないから、本当はいいものでも評価されないことがある

人は先入観で入るからである

カズオイシグロが書いたものだったら頑張って価値を探しながら、感性を研ぎ澄ましながら読むだろう

バスキアが描いたと言われれば絵の前で腕組みをするだろう

しかし、noteの文章を読むときは、感性をとがらせるなどしない

さらっと読む

よくわからなければページを飛ばす。価値あるものは最初はよくわからないものであることが多いのにだ。


人気のある音楽でも人気のある小説でも、価値がないと言われればそんな気がしてくる

人に訴える何かがあるアートをつくるというのはそういう意味で人生に近いのではないか

人生とは何のためかはわからない

今やっていることが自分にとって価値があるのかを考えたりするのだがよくわからない

他人を見て羨むが、実際他人の人生を生きたいとは思わない

変わろうとするがそれが本当に望んでいることなのかがわからない

すべては分からない

何に価値があるのかは偶然に意識に宿るものであるとみるのがいいだろう

今やることを適当に定めて、あとは考えず今に集中することしかないのだと思う

集中することが本当の意味で生きている気がするからだ

やっていることを疑い始めるときりがない

とりあえず決めて、今に集中するんだ

どうせ大したことのない人生なんだ

思いっきりやるしかない

それがアートなのだから

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