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【連載短篇】 アイネ・クライネ・ナハトムジーク(4):最終話

(全4話・短篇小説 / 原稿用紙13枚)→(3)へ戻る

   □

 私は部屋を出て、白い廊下を歩いて別の部屋の扉を叩いた。

「左近です」
「ああ。お早う。彼女の調子はどうかな?」

 部屋に入ると、先生が振り向いて云った。私は細く息を吸い、落ち着いた口調を心がけて報告した。先生には優秀な学生だと思われたい。

「比較的元気です。現在のところ認められている人格はふたりです。十八歳の少女である赤岸もな美、それから蒼也という十一歳の少年」

 私が云うと先生は可笑しそうにわらった。

「残念ながら、それでは成績は、可しかあげられないだろうね」
「えっ……何故ですか、」

 私はかおが火照るのを感じた。先生の課題だけは、優等を修めなければならないのだ。出来れば優。少なくとも良でこの課程を終えなければいけなかった。可なんて駄目だ。絶対駄目だ。

 先生が片手で私を制し、私の眼を見て云った。

「ほんとうは、三人居るんだ」  
「え、だって、そんな……」
「人格はふたりじゃない、三人居るんだ」

 モナミ、蒼也。それから、

「……私は誰ですか?」
「良い質問だね」
「先生は、誰なのですか?」
「音楽を掛けよう」

 先生が右手をひらりとさせると、セレナーデのト長調が鳴り出した。私は急速に眠気を感じる。先生のおおきくてあたたかい手が、私の額に触れ、長い指が瞼を優しく閉ざした。目を閉じた私はそのまま首を垂れる。

「三人居るんだよ、モナミのなかに。モナミ、きみは賢い子だから、ひとりのふりをして上手く生きてゆけるよ、大丈夫だよ、モナミ」

 あたしがこくりと頷くと、やわらかい闇が落ちてきた。

 ──大丈夫だよ、上手く生きてゆけるよ、大丈夫。

 この広い建物のなかで、独りきり。

 あたしのなかの四人目は、いつもあたしを勇気づけてくれる。

(了)

   最終話まで読んでくださった方、ありがとうございました。

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  ☆

この連載は短篇集『ウソツキムスメ』収録作品から試読用に公開しています。Amazon/ 第二十八回文学フリマ東京


   

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