「冒険」という名の最初のドミノをいつも押せる自分でいたい
「ゆーさんは絶対ショートカットの方が似合うと思う」
わたしに向けて力強く言い放った彼女の目は、自信に満ち溢れていた。
それは7年ほど前のこと。
習っているお稽古ごとの仲間たちと、いつものようにご飯を食べながらワイワイしていた時に、仲間うちの一人に突然言われたのだった。
その当時のわたしの髪型といえば、黒髪ロングでぴっちりひっつめ髪がトレードマーク。いかにも会社勤めしてますといった風情の、コンサバな髪形だった。
人生で髪を短くしたことはほとんどなく、わたしといえば黒髪ロング、というぐらい、自分も周りもイメージが固まっていた。だから、
「え…ショート?私がショートカット…??」
と、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で返事してしまった。
「うん、絶対いける。いまぴちっとしたまとめ髪だけど、もっとニュアンス感じるようなふわっとした感じにしてさ。色も茶髪にしてさ。絶対そっちのがいいよー!!」
まるでショートになったわたしの姿が見えてるかのように語る彼女。
彼女はノリノリだったけど、何十年と同じ髪型だったわたしは戸惑っていた。
いつもなら「いやいや、ショートとか無理だよ~似合わないよ~」って返すところだったと思う。
…んだけど、このときのわたしは彼女の言葉を信じてみたくなった。
なぜならこの彼女はいつも超絶オシャレでかわいくて、自分の似合うものをよくよくわかってるセンスのいい人だったから。
当時30代後半で、自分自身にマンネリを感じてたわたしは「この人の言うことなら信じてみようかな」と思って、髪を切ることに決めた。
そこからはあれよあれよと話がまとまり「同級生が美容院やってるから紹介するよー!」と、どこで断髪式が行われるかまでその日のうちに決まり、1ケ月後にはもうその美容院にいた。
「じゃあ切っていきますねー!」とザックリ切られた髪は数10cmもあり、終わった頃には足元に大量の髪の毛がワサワサと落ちていた。
「いいじゃないっすか、ショート!」
仕上げのワックスをつけ終えた美容師さんにそう言われてまっすぐ前を見ると、茶色く染められたショートカットの自分が鏡に写っていて。
自分じゃない人が、いる。
そう感じたあの衝撃は、今でも覚えてる。
帰り道、すうすうする襟足と、ふわふわした頭頂部と、街中のウィンドウに写る茶髪の自分に、
見慣れないけどなんか今の自分は好きだ。
と思った。
似合ってるかどうかはまだその時点ではわからなかったけど、誰かの「やってみなよ」っていうポジティブな提案に乗っかって行動した自分のことを、好きだ、と思ったんだった。
◇
その後、最初は周りの人たちも「えええ!!どうしたんその髪!!??」と戸惑ってた。お決まりの「失恋したのか」からはじまり(してない)、「なんか辛いことあったなら相談に乗るで」と言われたりもした。
最初のうちはショートの髪をうまく扱えなかったけど、YouTubeでコテの使い方を学んで、練習して、美容院に行くたびに「こんな風にしたいんだけどできなくって」って美容師さんに相談して。
そしたらコテもそこそこ扱えるようになってきて。周りの人からも「最初は意外過ぎてビックリしたけど、ショートの方がいいね」って言われるようになって。
そしたら次は服装を髪型に合わせて冒険したくなって。黒髪時代に着ていたコンサバ服をぜーんぶ入れ替えて、カジュアルな服がどんどんクローゼットに増えていって。
スニーカーなんてほとんど履いたことなかったのに、スニーカーやぺたんこの靴が増えていって。
買い物するお店も変わって、興味を持つ範囲もぐんと広がって、「私が似合うのはこれ」と決めつけることがどんどん減って…と、
「ショートの方が似合うよ」って彼女のひと言を信じたことをきっかけに、色んなことが変わっていった。
誰かのひと言が最初のドミノをちょんと倒して、そこからパタパタと軽快な音を立てて連鎖反応を起こすみたいな。
最初のドミノが倒れなければ、次のドミノは倒れない。
「ショートカットにする」のドミノの次には「コテの習得」「服装の総入れ替え」「マインドの変化」っていうドミノがあった。
でもそもそも「ショートカットにする」の前には「誰かの言葉を信じて冒険してみる」っていう、最初の1個目のドミノがあったはずで。
ドミノの最初の1個をちょんっと押してみるのって大事なんだなあ
と思ったのが、このショートカットにした出来事だった。
◇
それ以降、髪型とかだけじゃなくすべてのことにおいて、自分が信頼している人の「こうした方がいい」は、まず信じてみることにしている。
ただ、「こうした方がいいよ」って背中を押されたときに「あ、それいいかも」って自分の中にポジティブな気持ちが湧いたとしても、一方で、
「でもやったことないし怖いなあ」
「やってみて失敗したら恥ずかしいよなあ」
「今さら挑戦したところでなあ」
ってネガティブに思う自分も、ひょっこり顔を出す。
現状維持でも問題ないことって、なかなか変えられない。髪型のことでいうと、黒髪ロングで一生を終えたところで、なんら問題はない。
だから提案を受け入れなくても死なないようなことは「いやいや、無理無理~」って逃げることで失敗を回避してきたことって、今までの人生でいっぱいあったと思う。
せっかく言ってもらった「こうした方がいい」の先には、楽しいドミノがいっぱい待ってたかもしれないのに。
というのも実際のドミノはコマを並べきって完成させてから一投目をちょんと押すけど、「冒険」という名のドミノは一投目以外は見えない。二投目以降があるのかも、そしてそれらがどんなものなのかも、わからない。
だからこそ、一投目をちょんと押すのは勇気がいる。
だけど
「この提案に乗ったら、もしかして楽しいことが起こるんじゃない?」
って1mmでも心が動いたときには、
いつでも最初の「冒険」ってドミノをちょんと押せる自分でいたいなって思う。
押したあとに失敗しようが成功しようが、パタパタ倒れていくドミノの音は、きっと軽快で楽しい音がするだろうから。
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