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100エーカーの森は、永遠のこどもの記憶。ー「プーと大人になった僕」

はやく大人になりたい。
こどもの頃、よくそう願っていました。しかし大人になった今は、「こどもっていいな、戻りたいな」と思うことがよくあります。

イギリスでは、1830年代から始まったヴィクトリア時代に、子どもを崇めるような風潮がありました。子ども時代こそが人生最高の時期だと考え、大人たちは幼少期の輝きを求めました。その風潮から生まれた作品が「不思議の国のアリス」、「ピーターパン」…
それに続くかたちで、1920年代に「くまのプーさん」が刊行され、イギリスで愛されるようになりました。

先月公開された「プーと大人になった僕」は、「くまのプーさん」の世界と私たちの現実世界を融合させたファンタジー映画となっています。

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「何もしないをする」は、こどもの特権**

「くまのプーさん」は、ディズニーアニメーションを中心に親しまれてきたと思いますが、原作はA.A.ミルンによる児童小説です。はちみつを探しているうちに何をしているかわからなくなったり、「プースティック遊び」をしていたらイーヨーが流れてきたり…。特に意味のないことをするのが、この物語の特徴です。作中でプーたちはこのことを「do Nothing (何もしないをする)」と呼んでいます。

このような特に意味をなさない物語が中心の作品は、ナンセンス文学(No sense)とも呼ばれます。
このカテゴリーが生まれたのは、ヴィクトリア時代。厳格な風潮だったため、こども向けの文学は教訓めいたものが多く、ナンセンス文学は児童文学に新しい風をもたらしたといえます。

原作の中でクリストファー・ロビンは「do Nothing」の事をこう定義づけています。

Pooh: どうやって何もしないをするの?
Christopher:「そうだね。ちょうど何かしに出かけようとしているときに誰かが、『これから何をするの、クリストファー・ロビン?』と声をかけてきて、『いや、何も。』って言って、それをしに行くみたいなかんじかな。」

つまり、【do Nothing=特に何も考えずにずにプラっと出歩いて、気ままにのんびりすること】であり、これは「くまのプーさん」全体に共通する世界観です。
映画の中にも出てくる「なんてことないエピソード」の数々は、原作のエピソードにもとづいています。

たとえばある雪の日のお話。
プーとピグレットが何気なく外を歩いていると「自分たち以外の足跡がある!」と声をあげます。「きっと恐ろしい動物の足跡だ!」と怯えるプーとピグレットですが、実はふたりの足跡でした。
同じところをもう一度歩いたばかりに、自分たちの足跡が2重になり、他に誰かがいるのだと勘違いしてしまったのです。

また、前述した「プースティック遊び」は、「do Nothing」の代表です。
橋の上から木の枝を落とし、橋の反対側に最初に流れてきた枝の持ち主が勝者。
ゲームというより「運試し」に近いですし、「流れてきた枝が誰のものなのか」を判断するのも難しそう…。
なんとも間の抜けたエピソードで、特に実のある話ではありませんが、なぜか笑いがこぼれます。

これらはすべて、クリストファー・ロビンの私生活がもとになっていて、プーと仲間たちは、彼がよく遊んでいた人形をモデルにしています。100エーカーの森は、父であり原作者であるミルンが空想を交えて描いた、ミルン親子の記憶そのものなのです。

「からっぽ」は、こころに余白をつくる。

人は成長していくにつれて、学校に通ったり、働いたり、意味のある事をやらなければならなくなります。映画では、忙しい日々に忙殺されるクリストファー・ロビンのもとに、プーが突然現れます。

再び100エーカーの森に足を踏み入れるクリストファー・ロビン。仲間たちと昔のように遊ぶことで、こども時代の自分と再会します。
大人の凝り固まった心を解きほぐす、仲間たちの力。「くまのプーさん」はまさに、大人のための物語なのだと思いました。

「彼も昔はこどもだったのよ。」
クリストファー・ロビンの妻がポツリと言っていたように、昔は誰もがこどもで、時の流れとともに大人に姿を変えてしまっただけなのです。こどものままでいることはできなくても、たまに「大人」を脱ぎ捨てることはできます。

「何にもしないをする時間」は本来の自分を取り戻す時間となり、新しい道を見つけることに繋がるのではないでしょうか。

からっぽの時間は意味をなさないように見えますが、ときには意味を探さずに気ままに過ごすことで、心に余白が生まれるのだと思います。まっ白なスペースがあれば、新しいものがきっと描けるはずです。

プーさんの物語はきっと、作者ミルンの理想の世界であり、息子クリストファー・ロビンへの祈りなのだと思います。また、いつでも息子が100エーカーの森に戻ってこれるようにと願ったのだと思います。

映画はもちろん観て欲しいですが、もし機会があったら原作にも触れてみてください。とぼけたプーと仲間たちに、そして子ども時代のみなさんに出会えるはずです。

「プー、ボクのことを絶対に忘れないと約束して。ぼくが100歳になっても。」
プーは少し考えました。
「その時、ぼくは何歳?」
「99歳。」
プーは頷きました。
「約束するよ。」彼は言いました。

「プー、これから何が起ころうと、わかってくれるね?」
「何を?」
「ううん、なんでもない。」彼は笑って、立ち上がりました。
「よし、行こう!」
「どこへ?」プーは言いました。
「どこへでもさ」クリストファー・ロビンは言いました。
そして彼らは一緒に出かけました。
彼らがどこへ行こうと、途中で何が起ころうと、小さな男の子とプーは森の頂上にある魔法の場所で、いつも遊んでいることでしょう。
(The house at Pooh Corner, Chapter X )


こちらの記事は、映画メディア「OLIVE」にも掲載しています。
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