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Biffy Clyro『A Celebration Of Endings』が問うブレグジット〜コロナ時代の「個」の在り方

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2020年8月14日(金)、Biffy Clyroの通算9作目となるオリジナル・フル・アルバム『A Celebration Of Endings』がリリースされた。
新型コロナウイルスの世界的な流行に伴い、音楽業界もコンサート・ツアーやフェスの中止という未曾有の事態に見舞われる中、我々の元に届けられた本作。
この記事は『Puzzle』(2007年の4作目)リリース後から彼らの活動をリアルタイムで追ってきた筆者が、勝手に本作を理解するための情報をまとめたガイドである。
まずは自分自身の耳でアルバムを何度か楽しみ、その上でこのテキストを参照していただければ幸いだ。

●『Elipsis』(2016年)から現在までの歩みをおさらい


今回初めてBiffyのアルバムを聴く方や、有名な曲はいくつか知っててもバンドについてはよく知らないという方にも親切な記事でありたいのだが、彼らの25年に及ぶ全キャリアを振り返っていると本題までとてもたどり着けない。
なので、結成〜2016年までのバンドのプロフィールは外部記事を引用させていただく。
2016年のフジロック出演前にQeticに筆者が寄稿したものだ。

冒頭にも書いた通り『A Celebration Of Endings』はバンドにとって通算9作目のフル・アルバムだが、2016年発表の『Elipsis』(7作目)の後にも彼らは2つの作品をリリースしている。

1つは2018年の『MTV Unplugged: Live at Roundhouse London』。
毎回1アーティストが自分の楽曲をアコースティック・バージョンで演奏するという、ロック・ファンにはおなじみのMTVの長寿企画だ。
Biffyが敬愛するNirvanaもかつて出演し、そこでのパフォーマンスやその演奏を収録したライヴ盤は今も高い評価を受けている。
彼ら自身、あのNirvanaと同じ番組に出演できたことは大変な名誉であったと述懐している。


もう1つは2019年5月にリリースした『Balance, Not Symmetry』だ。
こちらは2019年にイギリスで公開された同名映画のオリジナル・サウンドトラックで、全曲をバンドが担当(ヴォーカルのSimonは脚本にも関わった)。
BIffyらしいロック・サウンドからメロウなインスト曲まで全17曲を収録しており、ファンにとってはなかなか聞き応えのある作品だ。

しかし、肝心の映画自体の評価と興行成績はふるわず、日本では未公開。
映画・サントラ共に日本ではほとんど話題にならなかったため、ある程度のファンでなければ存在も知らないアルバムになってしまった。
映画の予告はこちらで観ることができる。

●コロナ禍の中で産声をあげる『A Celebration Of Endings』

バンドが前出の『Balance, Not Symmetry』サントラを制作していたのは2018年。
そして彼らは2019年秋にカリフォルニア州サンタモニカにて、プロデューサーのリッチ・コスティと共に新作のレコーディングに取り掛かる。
彼らはスコットランド出身のバンドだが、ここ数作は地元で曲を作りリハーサルを終えたのち、アルバム・レコーディングはアメリカの西海岸でするというのが専らのルーティーンだ。
制作は順調に進み、2019年末には「来年の前半に新作をリリースする予定」と明かしていた。

2020年2月には一部のラッキーなファンの元にバンドから謎のURLが書かれたポストカードが届き始める。
その正体は、アルバムから最初に公開された曲「Instant History」へのヒントだった。

2月21日に公開された「Instant History」のビデオは、往時のSmashing Pumpkinsを髣髴させる退廃美に溢れている。
筆者がBiffyに心惹かれる大きな理由の一つが、彼らがMVで見せる独特の美学なのだが、「Instant History」も個人的にはバンド史の中で屈指の出来と数えたい。

だが、このビデオが撮影できたのも今となっては奇跡的なタイミングだったと言える。
ご存知の通り、このMVが世に出てからたった1ヶ月で世界は大きく変わり、たくさんの出演者とスタッフを必要とする大掛かりな映像は撮影できなくなってしまった。
新型コロナウイルスの流行が世界に広がったからだ。

バンドも当初5月予定だったアルバムのリリースを「今は適切な時期でない」と判断し、8月に延期することを発表。
彼ら自身もロックダウン生活に入り、本来ならアルバム・リリースとそれに伴うライヴで彩られるはずだった時期を見送らざるをえなくなった。

しかし彼らは、ただ無為に日々を過ごしていたわけではない。
アルバムのリリース延期を発表した3月下旬、Simonは早速自宅からライヴ・セッションのライヴ配信をスタート。
8回にわたり実施されたこの企画では、Biffyの曲をギター1本の弾き語りで披露している。
ファンからのリクエストに応えたケースもあり、近年のライヴでは演奏されなくなったレア曲をプレイした際はコメント欄が歓喜の声で埋まった。
この配信の模様は彼らの公式YouTubeチャンネルに残されているので、興味がある人はぜひチェックしてほしい。
過去の受賞トロフィーが並ぶSimonの自宅リビングの様子や、撮影に協力している妻の前で見せるリラックスした表情はかなり貴重なショットだ。

続いて6月にはアルバムから新曲「Tiny Indoor Fireworks」を公開。
曲名に「インドア」とある通り、MVもインドア=それぞれの自宅内で撮影という、これまでにない趣向の一本に仕上がった。
アルバムの中でも一際軽快なトーンのこの曲は、ビデオでメンバーが見せるチャーミングな表情と相まって、アルバムへの期待をより一層高めてくれた。

●どこまでもロック・バンドであるということの証明

ここからはアルバムの内容について触れていこう。
ただ、繰り返しになるがこの記事を読んでくださる方にはなんの先入観や他人の感想もない状態で聴いた自身の第一印象を大切にしてほしいので、アルバムを最低でも1周は聴き終わった状態でこの先を読んでほしい。

アルバムは冒頭から、Biffyの持ち味であるダイナミックなロックンロールの醍醐味が炸裂している。
筆者もここ2年ほどはだいぶ音楽の好みがヒップホップ他メインストリーム・ポップ寄りにはなっているのだが、1曲目の「North of No South」を聴いた瞬間から、「あ、自分はこういうロックを求めていた」と思った。

EDMにも目配りしたビートや、TikTokでティーンに愛されそうなポップなメロディ。
そういうものを取り入れるのが上手いロック・バンドもいるし、それが悪いアプローチと言うつもりはもちろんない。
例えばFall Out Boyのように、時代に合わせて柔軟に変わっていけるロック・バンドのことも大好きだ。

でも、『A Celebration Of Endings』のこのロックンロール純度の高さよ!
ギター&ヴォーカル、ベース、ドラムだけの鉄壁トリオが生み出すこの生々しさ、フレッシュなエネルギー。
ヘッドホンの左右でずっと鳴っているノイジーなギター。
フェスの会場でモッシュピットに突っ込み、拳を突き上げて歌いたくなるコーラス。
やっぱりロックが好きだ、そんな気持ちが前半の4曲で爆発する。

気持ち良くリズムを刻んでいたかと思ったら変則的になるリフ。
完璧なハーモニーの中に仕込まれている奇声。
美しさの中にオッドな要素を忍ばせて絶妙な違和感を残していく彼らの手法も相変わらずだ。

アルバムの中でやや異色に感じられる曲を挙げるなら「Instant History」か。
当初、この曲がリードシングルとして先行公開された際には、サビのコーラスの裏で鳴る上モノに「すわBiffyもEDM化か」と一部ファンが騒然となった。
しかしこの音がストリングスでアレンジされていたとしたら、たぶん『Only Revolutions』期のサウンドに非常に近いものになっていたはず。
そう考えれば、彼らにしてはちょっと珍しいスパイスを加えたものの基本の味付けは徹頭徹尾Biffy流な曲と言える。

Simonは本作への間接的な影響源として、Janet Jacksonの「リズム・ネイション」を挙げている。
自分が知らない・興味のない音楽も聴いて、手癖で書くのではなくあえて違う手法に挑戦するため、と彼は言う。
その点では、近年の彼がヒップホップに惹かれているというのも興味深い事実だ。
2019年10月のインタビューでは、筆者がここ2年ほど推しているアメリカのヒップホップ・ボーイ・バンドのBrockhamptonや、Kanye Westを最近のフェイヴァリットと答えている。
王道のロック・サウンドでありながら過去作の焼き直しを感じないのは、既存のソングライティングとは違う方法を追求する姿勢の賜物なのかもしれない。


●ブレグジット、そしてコロナ時代のドキュメントとして

ところで、『Elipsis』はバンドにとって喪失や困難を乗り越えた後の、リハビリ的な意味がある作品だった。
6作目『Opposites』の制作中、ドラマーのBenのアルコール依存症が深刻化し、バンドの人間関係は崩壊寸前。
さらにSimonと妻は何度かの流産で未来の我が子を失うという体験もしている。
今にして思えば『Elipsis』のジャケットで丸くなって目を閉じた3人の写真は、彼らが失った赤ちゃんへの追悼であり、バンドとしての生まれ直しを意味していたのかもしれない。

では、『A Celebration Of Endings』はその危機を脱した順風満帆の状況で作れたのか?
最近Simonが答えたインタビューを参照すると、どうもそうではないらしい。
バンドはこのアルバムの制作前に、長年彼らを支えてきたクルーや信頼関係にあった人物と、トラブルの末に袂を分かったと明かしている。
10曲目の「Opaque」で「お前は金を取り、そして逃げた」と誰かを糾弾しているのは、まさにその件についてのようだ。

また、このアルバムは昨今の政治的トピックも多く含んでいることをバンドは認めている。
ボリス・ジョンソンが首相の座に着き、ブレグジットが採択され、スコットランド独立を巡る住民投票が行われようとした一連の動き。
広がる分断と弱者の切り離し、自己保身。
そんな世の中に対する疑問や怒りをSimonが歌詞として書き留めたのは2019年中のことだが、奇しくもそれは2020年夏の今、世情とぴったりと合うものになった。
新型コロナウイルスの流行によってさらに厳しい立場に置かれる社会的弱者の存在や、Black Lives Matterの広がりによって明らかになった構造的な人種差別制度の現実。
個人的にはこれまでBiffyの曲や歌詞にそこまで時代性を感じたことはなかったのだが、『A Celebration Of Endings』は世界が大きく変容しつつある2019年〜2020年をドキュメントしたロック・アルバムとして、後年まで意義深いものになる気がする。

曲を書く時、一番自分を突き動かすのは怒りや悲しみといった感情であるとSimonは言うが、それでも『A Celebration Of Endings』はトンネルを抜けて明るい道に出た時のような光と力強さとを感じる作品だ。
「このアルバムのポジティブさは、実は自分の代わりに何かをしてくれる人はいないということに気付いたことから生まれた」とサイモンはケラング!の取材に答えている。
結局、個人が変わらないことには社会も世界も変わらない。
白黒どっちつかずのグレーな人間のままでいるのか?
Biffy Clyroが『A Celebration Of Endings』で問いかけるのは、そういうことだ。

2020年中に予定されていた観客ありのライヴは全て2021年に延期となってしまったが、日本時間8月16日19時からは90分間の有料ライヴ配信もある。
グラスゴーの会場から新作を披露する、1回限りのスペシャル・パフォーマンスだ。

1視聴は20USドルで、もちろん日本からもチケットの購入と視聴が可能だ。
ウェブチケット購入後、配信時間が近づくと視聴用リンクが送られてくる。
チケット購入リンクはこちら

フジロックやスパソニなどのフェスも軒並み中止となり、手持ちのチケットは全て保留または払い戻しになった悲しい2020年の夏。
この先来日アーティストが入国・公演できるのはいつなのかと考えると暗い気持ちになるが、まずは画面越しでもBiffyのライヴに参加して、彼らの新作リリースをセレブレーションするつもりだ。

(トップ画像およびジャケット写真はワーナー公式プレス用ページより)

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