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【速報】フジロック・レポ ケンドリック・ラマーの瞳に日本の“星たち”が輝いた最高の一夜

ケンドリック・ラマーのステージを観るためにFUJI ROCK FESTIVAL '18に行ってきた。
雨具が無意味なほどの大雨、全身ずぶ濡れの寒さ、窒息しそうなほど押し合う前方ブロック、そこから生まれる苦痛と不快感。
それらも全て吹き飛ぶような、あるいはこの夜を最高にするためのスパイスでしかなかったと思えるような、強烈で感動的な体験だった。

私はフジロックに行く前に、元々はロック・ファンであった自分がなぜケンドリック・ラマーに夢中なのかをnoteに書いた。
そこでフジロックに行く理由について、こう記した。

私たちはきっと苗場で、一生忘れられない何かを観ることになる。そんな予感がする。だから私は今年、万難を排してでも苗場に行かなければならないのである。

結論から言えばこの予感は120%正しかった。
そんなケンドリック・ラマーのライヴ・レポートを、苗場から帰ってきた興奮そのままに綴る。


スクリレックスの本編が終わったのと同時に、最前ブロックに入り込む。
YOSHIKIとスクリレックスのコラボを微笑ましく見守りながら、ジリジリと前方に詰め、5列目くらいでスタンバイすることができた。
昼間は陽射しがキツく暑い時間帯もあったが、台風接近の影響か19時半頃から強い雨が降ったり止んだりという天候に変わり、ケンドリック待ちの観客の上に容赦なく降り注ぐ。
すでに雨具の中は暑さと湿気でビショビショな上に、強い雨で全身ほぼずぶ濡れ。
自分の周辺はすでにすし詰め状態で、もう身動きもできない。
おまけにパフォーマンス開始までは1時間もある。
そんな状態なのに、不思議と何もつらくなかった。
この数ヶ月間待ち続けたケンドリックのパフォーマンスがあと少しで始まる興奮に、完全にハイになっていた。

定刻を少し過ぎた21:08、照明が落ちる。
ステージ後方の巨大スクリーンに、ケンドリックのもう一人の人格である“カンフー・ケニー”のストーリー映像が流れる。
サイケデリックな色彩のこの映像が終わると、ステージ上で火花が炸裂。
ケンドリックが姿を現わし、ライヴは「DNA」で幕を開けた。
彼の声と手で作った銃、そして冒頭の「I got I got I got I got」の4連打が、客席を撃ち抜く。
それだけでフロアは一気に沸騰した。

正直なところ、冒頭の2曲「DNA.」「ELEMENT.」は前後左右からの凄まじい押しから自分の身を守るのが精一杯で、ステージを観る余裕はほとんどなかった。
ライヴ開始時には下手の5列目くらいにいたはずが、4曲目の「Big Shot」が始まる頃にはステージ正面の7〜8列目くらいまで流されていた。
配信で見た前日のN.E.R.Dの前方ブロックの様子からして、そこまでひどい押しはないかなと楽観していたのだが甘かった。

だが、生のケンドリックのパワーを前にしたら、後ろに下がろうという気持ちは全く起きなかった。
身長167cmという小柄な体格でも、一人でステージ中央に立っているだけで場が持つ存在感とオーラ。
前日、配信で観たポスト・マローンもなかなかの好演だったが、ケンドリックはやはり役者が違う。
加えてレコード音源を上回る鋭さのキレッキレのラップ。
ステージの左右に配置された4人編成バンドとの完璧なアンサンブル。
「King Kunta」での超骨太なグルーヴは、生バンドを従えているからこそのサウンドだった。

ステージ上にはバンドが常駐していた他に、数回にわたってカンフー・ケニーの物語の映像が展開されたほか、女性ダンサーが度々登場。
真っ黒な忍者姿で剣舞のようなダンスを見せたり、ヒラヒラとした真っ白な衣装でアクロバティックなコンテンポラリー・ダンスを見せたりと、曲間のアート性にもこだわった演出が用意されていた。
このスタイルは最近のケンドリックが好んで使う演出で、2018年のグラミー賞パフォーマンスで和太鼓を叩く女性パフォーマーが登場したのと類似性のあるものだった。
(2018年グラミーのパフォーマンスを未見というは、ぜひこちらをご覧いただきたい)

今回の来日は最新作「DAMN.」のワールド・ツアーの一部という位置付けではあるが、今年リリースした映画『ブラックパンサー』のインスパイア・アルバム『Black Panther: The Album』からも「Big Shot」を披露。
さらに中盤には「2012年の曲をやるぜ」と宣言して『good kid, m.A.A.d city』から「Swimming Pools」と「Backseat Freestyle」を2曲続けてパフォーマンスした。
フジロックの予習記事では「ケンドリックの曲は合唱になるから予習せよ」という煽り文句もよく見かけたが、少なくともブロック前方まで来るようなハードコア・ファンの合唱は旧譜から最新曲に至るまで完璧で、これにはケンドリック本人も満足そうな顔を見せていた。
ただ、海外では大部分を観客に歌わせるため予習必須とネット上で話題になっていた「HUMBLE.」では、やはり日本のオーディエンスが英語でラップ・ソングを歌うハードルの高さを考慮したのか、コーラスの「Be Humble, Sit Down」以外の部分はほとんどケンドリックが歌っていた。

他にも彼はこの日、彼の楽曲における頻出ワードである“Nigga”という単語を使うのを避けていた。
これはアジア人である私たちが、意味を知っていようといまいと無邪気にこの言葉を口にしてしまうことを防ぐための配慮だったのではないかと思う。
とにかくこの日のパフォーマンスは、日本でのステージということを意識して微調整がなされていたようだ。

個人的にこの夜強く印象に残ったのは「Bitch Don't Kill My Vibe」のパフォーマンスだった。
ゆったりとしたコーラス部分を観客に歌わせた後にケンドリックが繰り出した高速ラップ・パートには、レコードにはない歌詞が多分に含まれていた。
残念ながら私の英語力ではその内容と差異を検証することはできないが、この曲が発表された2012年から何らかのアップデートがされているのだろう。

だが、この夜、日本のオーディエンスがケンドリックのラップする歌詞を正確に受け取れていたかなんて、大した問題じゃない。
ケンドリックの佇まい、視線、突き上げる手、繰り出されるフロウ、その一つ一つから立ち昇るカリスマ性を目撃できただけで、多くの人にはこの日彼のステージを見た意味が十二分にあったのではないだろうか。
少なくとも私はそうだ。

「HUMBLE.」で本編が終わった後、アンコールの声に応えてケンドリックはもう一度ステージに戻ってきた。
そして強い雨にも負けず彼のステージを盛り上げ続けたオーディエンスへの感謝として、「All The Stars」のイントロが鳴り始める。
フジロック前に公開した記事でも書いたが、初めて自分がケンドリック・ラマーの表現やヒップホップそのものに深くコネクトできるようになったきっかけであるこの曲が聴けたという感激に、思わず瞳が潤んだ。

曲の終盤、ケンドリックは「みんなライトを点けて」と客席にスマホライトの点灯を促す。
振り返るとグリーン・ステージを囲む斜面を白い光が埋め尽くしていた。
それはまるで夢のような光景で、私たち一人一人が、ケンドリックを取り囲む星たちそのものだった。
あの時グリーン・ステージにいた観客みんなが、「All The Stars」だった。
決して盛況とは言えなかったという初来日にしてフジ初登場だった2013年から5年。
その間にケンドリックは世界的スターとなったが、彼の視線が日本のリスナーに向いていると感じられる瞬間はほとんどなかった。
そんな彼の目に我々が最高のオーディエンスとして映ることができた喜びも、この夜を忘れられないものにした一因だと思う。

曲の最後にケンドリックは噛みしめるようにこう言って、ステージを降りた。

「みんなに約束するよ。世界中で俺がそうしているように、今夜俺は初めてここに来て(※もしかして彼は2013年の出演を失念していた?)、みんなの声を真近で聞きたかった。今夜、みんなが俺たちにくれたエナジーに感謝する。そしてまた戻ってきたい。後ろのみんなも、この言葉を覚えておいてくれ。

『I WILL BE BACK』」

この言葉からも、2010年代最高のアーティストのハートと、日本のファンのハートの距離が縮まったことは、疑いようがないだろう。
きっと彼は近いうちにまた日本に戻ってきてくれるはずだ。
2018年のフジロックが、ケンドリック・ラマーと日本の長い相思相愛関係の出発点であることを切に願っている。

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