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スーパーヨーグルトマン最強説

ヨーグルトは偉大だ。

実家にいた頃は家族みんなでヨーグルトを食べる習慣があり、「ヨーグルトたべるひとー!」「「「はーーい!!」」」というくだりがほぼ毎日あった。ヨーグルトは食事の終わりを元気にしてくれる存在だった。

小皿にヨーグルトがとりわけられ、まっしろで、とろっとしたヨーグルトがポテッと小皿におさまる。日によって違うが、蜂蜜をとろとろかけたり、きな粉をめいいっぱいふぁっさーいったり、オレンジのジャムをボテボテとやる。スプーンでくるりとすると、マーブルが広がって、そのうち素直に染まる。もう白には戻らない強さがあった。

そうして皆んな好きなタイミングでぱくぱくと食べ始めるのだか、「うーん美味しい!」みたいな事は言わない。当たり前のように食べる。「このジャムにあうわー」とか言う事はあっても、ヨーグルト自体はそんなに褒められない。ここがヨーグルトのいちばん凄いところ。ただ、食卓におられるのだ。

食べ終わったヨーグルトの小皿は洗いやすく、こびりつかず、油ヨゴレのように引きずったりもしない。非常にさっぱりとしていて、サラっと食事を締めてくれる。

ところで、大学生の頃マーケティングかなにかの講義でヨーグルトのビデオを観せられた。かなりうる覚えだが、外国にあるヨーグルト研究所みたいなところで偉い風のおばさんが「何にでもなれる。だからヨーグルトは世界中で売れたのです。」と言っていた。

もともと食卓のデザートとして、ただ砂糖をかけるだけのヨーグルトが販売されていたらしい。しかしそこそこ売れるもんだから、ヨーグルト同士が競争をはじめた。ブルーベリー味...マンゴー味...りんご入り...。それでも競争はとまらず、デザートから健康食品へと姿を変え、やれ乳酸菌やら低脂肪やら便秘対策やらと、食卓どころか健康そのものまで支える、何でも屋さんに進化したというような内容だった。

しかし、彼らから一歩離れて見てみると、もとは本当にただの、まっしろなヨーグルトなんである。

プリンやケーキのように媚びない。タピオカのようなスターにはなれない。便秘薬のような即効性もない。でもサプリメントのような堅苦しさは持たずに、食卓にちょんまりと鎮座している。ヨーグルトは特別じゃない。でも真っ白なまでに素直だからこそ染まり、食卓に根付いてきた。自分がヨーグルトだという事は忘れずに、それぞれのヨーグルトとしての役割をしっかり持って。そして、習慣という強さを味方につけて。

日々を、淡々と。あかるく。

ヨーグルトは偉大だ。

#ヨーグルトのある食卓 

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ゆりあさん

毎日のだいじなこと探し。
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