Xデザイン学校2019 ベーシックコース #07 ペーパープロトタイピング

3つのシナリオを書く峠を超えてUXデザインに関するここ何年かの思い込みが全て覆され、台湾WSではビジョンを持った人のガチプレゼンにただただ圧倒され、頭の中がお祭り騒ぎを起こしたまま濃い2カ月を過ごし今回の講義を迎えた。

より良くするためには、より良い議論が必要

今回のWSでは前回作成したアクティビティシナリオを元にストーリーボードに起こし、モバイルアプリのワイヤーフレームまで落とし込むというUX(人の体験)とUI(道具)、まさに抽象と具体を行ったり来たりしながらアイデアをより良くするための手法を学んだ。

この「より良く」というのが大切で、自分のような初学者はただプロセスをなぞるだけで満足してしまいがちなのだけれど、ストーリーボードもワイヤーフレームもより良い改善を促すための装置ではあるものの、アイデアをより具体化して評価しやすい形にすることで活発な議論が起こるようきちんとセッティングしなければうまく機能しないというのがやはり難しい。

ファシリテーション=誘導ではない

正直に申し上げると今回のワークは比較的普段の業務に近い分、手癖や雰囲気で進めてしまったところが多いのではないかと反省している。
ここは台湾WSでも気づかされた痛いポイントなのだが、その場の空気に任せて目的もアジェンダもあやふやなまま作業を進めてしまうと、表面上は何となく形になっても必ず納得のいかない残念な結果を生んでしまう。

環境も人も文化も違っていつもの適当なやり方が通用しない台湾WSでは手も足も出ず時間切れだったけれど、今回は混沌とした場を整理する前に思わず結論へ急ぎ誘導するような発言をしてしまったのが良くなかった。
会議の基本として、まずは建設的な議論を生むための場を整えることが第一。落ち着いて勢い任せの判断をしないこと。前提がブレたままだと議論すべき論点もブレて的外れな意見を言ってしまうし、相手の発言の意図を正しく理解して適切にフィードバックすることもできない。
ただでさえ行ったり来たりを繰り返すプロセスにおいて、このコミュニケーションの基盤が崩れてしまっては元も子もないのだ。

Xデザイン学校に通い始めた当初から躓いていた問題を、以前より少しだけ分解できた…ような気がする。(まだ解決してないけど)
当たり前ができていなくて社会人としてめちゃくちゃ恥ずかしいけど、できていなかったことは潔く認めて根気よく努力するしかない。時代や環境が変わっても、こういうベーシックなスキルはきっと必要とされ続けるはずなのだ。

脱・道具を見て道具をデザインするデザイナー

とはいえ、曲がりなりにも形になったことで見えてきたものもある。
アイデアを評価しやすくなった(結論やっぱりイケてないなと感じた)だけでなく、情報が足りなかったり矛盾しているのでは?という箇所も以前より明らかになった。

時系列で見た時のシーンが不足しているというのもあるけれど、個人的にはストーリー以前にこの人はどんな人なのか?についての理解や定義、議論も足りていないように思う。なぜなら現状の材料からスムーズにワイヤーフレームのあるべき形を思い浮かべることができなかったためである。サービスもUXもUIも繋がっている。うまくいかなければ戻ればよい。前回「ディストピア」と評されて終わってしまった一連のユーザーの体験をなんとかハッピーな方向へ導かないことには浮かばれないこともあり、もう一度3つのシナリオを見直す必要がありそうだ。

UIデザイナーとしての私の仕事はある課題に対し専門的知識やスキル(設計やスタイリング)を持って実現すべき最適な結論(成果物)を導き出すことである。狭義のプロダクトデザインもまた然り。
厄介なのは、手を動かす対象の道具(とせいぜいそれに接する使用者の手元)だけを見ていては正しく課題が定義できないところである。視座を高くして、周りを見渡すことで初めて本質が見えてくるということに、ここ最近ようやく気づくようになった。

メーカーにいるからといって道具を見て道具をデザインするデザイナーで終わらないように。せめて道具を使う(血が通い、雑味があり、行動する)人間やそれらを取り囲む環境を見て道具をデザインできるようにならねばと思う。

また複数部署を跨ぐ仕事が多い分、自分とは異なる視点や能力を持った人と円滑にコミュニケーションを取ることでより良い成果を出せるようにすることも必然的に求められてくる。今回うまくいかなかったところがまさに影響してしまいそうなので、かなり重要な課題である。

結局最後はプロジェクト推進力というか、人間力が試されているなぁ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?