本音の自分を生きるには

「本音の自分を生きる」
とは、一回死ぬこと。

ありとあらゆる涙と鼻水と汗を流し、
これでもかと、
雑巾を絞るみたいに、
黒くて情け無い自分を出し切って、
感じ尽くすこと。
ゼロになる。
そこから始まる、満ちる、本音の自分が。


私のところに来る人の多くは、口々に言う。

「本音の自分で生きていきたい、変わりたい」
「本音が分からない」
「自分がどういう人間なのか知りたい、ちゃんと向き合って愛したい」

本当にそれを本気で望むなら、覚悟が必要だ。
何かを前向きに頑張る覚悟ではなく、
封印してきた黒くて無力な自分を全解放する覚悟。

お客様の現在の状態によって、
私が取るアクションは様々だけれども、
変わらないことがある。

それは、
「慰めない」
ということだ。

「大変だったと思う」
と思いを馳せることはあっても、
慰めない。
慰める時間とエネルギーが勿体無いから。
私の世界には、
かわいそうな人は一人もいない。
慰めるべき人もいないし、
どんな波乱万丈な話をされても、
期待通りのリアクションは返しません。
残念ながら、
「かわいそう」
という同情のエネルギーは一切出ません。

だから、
私に慰めの優しい言葉と、
寄り添ってくれる時間を期待しても無駄です。

私にとって、
それは愛じゃないから、
やらないだけ。

他の人は知らない。

私は、
お客様に慰めの優しい言葉をかけて、寄り添う時間を作るエネルギーがあったら、
目の前で雑巾を絞って、
見たくない自分を散々絞り出して、晒す。
「あなたはこんなに黒くて無力だけど、それでも素晴らしい」
私は、それを目の前の人と同じように真っ黒になりながら、伝える。
それが、私という人間の、愛のカタチ。

本音の自分で生きていきたいなら、
一度死ぬべし。
想像以上の自分の黒さと無力さに打ちのめされて。
そして、
自分という人間の浅さも黒さも全て見極めたときに、
「本音の自分で生きて行く」
覚悟と愛が、しっかりハラに落ちるから。
それは、根拠も条件もない、
自分への無条件の溢れる愛になる。


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yurihestia

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