春のはじまり前夜。ほろりと優しく揺れている。


4月1日というものはいつだって誰もがそわそわしている。やれエイプリルフールだの、新生活がどうだのと、どうもぼんやりSNSを眺めていても、いつもよりも流れが速くて、とてもじゃないけれど、なんだか、落ち着かない。

せわしない場所からちょっと離れた場所で気持ちを落ちつかせたくて、作ったままほったらかしにしていたこの場所をそっと静かにはじめてみた。

こういうのは慣れだから、こうやってまずは書いてみるのが第一歩だ。はじまりの一歩は、小さくて大丈夫。そうやって、自分を良いように慰めながら、少しずつ踏み出してきた。でも、それで良いんだ、と思っている。


私自身、今日という日は毎年のようにいろいろな想いがこみ上げてくる。それはよい思い出もよくない思い出も含めて、過去の儚い記憶と上手い具合に混ざり合い、心地よく都合よく美化され、今は私の頭のななめ上をふわふわと揺れている。

その想いをなんといったらよいのか分からないけれど、ただそこはかとなく存在している「それ」をのんびりと眺めてはたまにつまんでみたりして、こうやって一人で楽しんでいる。

ところでなんだか、今日はいつも飲んでいる白い缶チューハイの味がいつもよりもやさしい。最近、気が向いた時に晩酌をするようになった。



春のはじまり前夜が、私はとても好きだ。



桜が咲いている期間や散っている期間は、いつもはどんよりと下を見ながら早歩きで通勤しているような大人たちが、レンズ越しのそれぞれの季節にときめいている。それを見ると何だかこちらまで嬉しくなる。けれど、私はそれよりも、「もう少しなんだけど、まだ届かない。だけどそこで待ってくれている。自分でもそれを分かっている」というようなシチュエーションにときめきを感じるタイプだ。

何が言いたいのかと言うと、新しい物事がはじまる前のこの言語化出来ない優しい空気感を、存分に味わっていたいということ。味わいながら、少しずつ新しい季節に順応していくための心の準備をしている。そうしてこれまでの自分を整えながら、明日を迎えようとする。

これを一体何と表現するのがよいのだろう?と思っていたけれど、表現ができないからこそ、こうやって眺めたりつまんだりして、好き勝手楽しめるのだろうな、と思う。

そんなこんなで、缶チューハイが空っぽになってしまった。
冷蔵庫にまだ開けてないもの、あったかな。




私がこうしてほろりと考えごとをしている間に、新しい季節がもうすぐやってくる。

夜が少しずつ明日へと深まっていって、気が付いたら、またいつも通り、柔らかい陽の光が、小さな私たちを優しく照らしていく。


私はもう少しだけ、今夜、ここで揺れていたい。


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川口 ゆり

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