台湾記4:緑島・蘭嶼 / 荒波トリップ ハオリーハイ
この記事に「緑島」「蘭嶼」で検索していらしたあなたに、申し上げたい。
絶対飛行機で行ったほうがいい。
今からお話しするのは、台湾の離島、海洋民族タオの人々が暮らしてきた蘭嶼(ランユウ)……に行きたかったのに緑島(ルーダオ)についた話である。っていうか主に、「ふはっ楽勝っしょw船酔いとかしたことないしw」って思いながら船に乗ったら完敗した話である。
●緑島・蘭嶼への行き方
台湾本島の南東に位置する、緑島・蘭嶼。
緑島:船で約1時間
蘭嶼:船で約2時間
極彩色の自然に海洋民族の文化、温泉やダイビングといったアクティビティでたくさんの観光客を集めている。
2019年6月1日。台東のホステルに前日入りし、早朝、台東駅前から富岡漁港に向かった。
知らなかったんだけど、台湾の人たちにとって、6月はたぶん離島観光のトップシーズンなんだと思う。夏気分、でも暑すぎない。台東駅前は早朝なのに観光客でごった返しまくっていて、わたしはバスに乗り切れず、しかたなくタクシー乗り場に向かった。
スマホのお絵かきアプリで「富岡漁港」と書いて、運転手さんに見せる。
「ちんうぇん(お聞きしたいのですが)。どぅおしぁおちぇん?(いくらですか?)」
運転手さんは指を三本立てて……日本式に人差し指・中指・薬指を立てるのではなく、台湾式に親指・人差し指・中指を立てて、元気に言った。
「さんばい!(300元だよ)」
300元で漁港に着いた。
富岡漁港らへんもめちゃくちゃ混んでいた。船の事前予約サイトから予約をしておかなかったので……っていうか2日前とかに予約を締め切っちゃうことを知らなくて取れなかったので、チケットセンターに当日券を買いに行き、「ないよ」と言われ、「ガーン」ってなった。
えぇ〜。
海洋民族タオの人たちに会いたかったのに。
タオ語の予習までしてきたのに……。
しょんぼりしながらお土産屋さんを見て、しょんぼりしながら猫の写真など撮り、
しょんぼりしながら帰ろうとしたら、旅行会社の受付を見つけた。チケットセンターに向かって左側。
わたしは中国語がカタコトなので、船の時刻表から、乗りたい船を指差し、
「ちゅぐ! うぉやお! じんてぃえん!(これ、ほしい、きょう!)」
と言った。
買えた!!
9:00発、16:30戻り。日帰り緑島。
蘭嶼も行きたかったけど人気すぎて諦めた。より近い緑島まで往復、920元。
7:30の船を逃してしまったので、漁港付近で散歩と買い食いをして待った。
9:00になり、ワクワク船に乗った。
なんと、イルカさんのジャンプが見えた!
トビウオも飛ぶし、海も穏やか、行きの船旅は本当に楽しかった。
緑島見物の話は次の記事でするとして……
帰りの話だ。
マジで死を覚悟した。
16:30、乗船。
船着き場には、大人用介護おむつを大量に抱えて折りたたみ車椅子を押している若い男の人や、刈り上げに頭のてっぺんだけ髪を残してチョロっと結ぶ独特の髪型をして半パンいっちょで海風を浴びている大柄タトゥの大男など、現地民っぽい人がいっぱいいた。
緑島・蘭嶼行きの船はめちゃくちゃ揺れることで有名なんだけど、現地民はこうやってそのめちゃくちゃ揺れる船にたびたび乗って生活しているわけなんだし、わたしも船酔いなんかしたことないし、余裕だぜ、いえーい、帰りもイルカさんに会えるかな? えへっ! とか思っていた。
船は空いてた。
まあ、ゴミ箱がいっぱいね、緑島のひとって綺麗好きなんだわ! そういえばダイビングのお客さんたちも海洋ゴミを拾って上がってきてたものね、素敵素敵、うふふ、とか思っていた。
ら。
16:50、予定時刻をだいぶのんびり過ぎて出航。
ダバーーーーーーン!!!!!!!!!!!
えっ?
えっ??
えっ???
えっなにこれ!?えっ!?
座ってられないんだけど!?
やべえやべえやべえ、えっ!?はっ!?えっ!?なに!?
船、ジャンプしてる!?
跳びます!!
跳びます!!
えっなんかあれあるじゃん、あれ、あの、なんだっけ、あっやべえ、あっちょっと、えっ、あっ、ここつかまっていい? わっ! わあ〜、今のやばかった、あっそうそう、あの、あれだよ、あれ、あの、
フリーフォール!!
あれ!! あの!! 遊園地とかにあるやつ!!
なんかこう、椅子に座って安全バー下ろして、キキキキキとかいって上にゆっくり持ち上げられて、その後、ドーン!きゃー!って急降下させられるやつ!!
あれ!!
毎秒フリーフォールこれ!!
いやもうマジで本当に半端なく荒い。
3mくらいのフリーフォールを3秒ごとにやらされている感じマジで。
さっきの動画は出航したてのまだ元気だった頃、「ひゃっウケるめっちゃ揺れてる」と思って撮ったやつだったんだけど、その後一切スマホをいじる余裕はなかった。
波が窓の一番上まで洗っていき、窓の外を見ようにも水しか見えず、わたしの頭の中をタイタニックはじめあらゆる船舶事故のイメージが駆け巡っていった。
「わしは!茅ヶ崎の!漁民の!孫じゃああ!!!!」
とか念じながらなんかDNA的なものを覚醒させようと思ったんだけど無理だった。そういえばじいちゃんは船じゃなくて、地引網だわ。そしてわたしは地引網すら引いてないし。
ってかマジで死ぬ可能性あるなと思ったので少しでも楽に死ねるようにわたしは座禅を組み、半目になって瞑想を始めた。波音に耳をすませ、船と自分が一体であるとイメージし、息を、船が突き上げられるときは吸い、叩き落とされるときは吐いた。
そのうち体が冷たくなった。たぶん過呼吸。体がビリビリと痺れてきて、硬直して動かせなくなった。他の乗客が咳き込む声が聞こえた。吐きそうなんだろう。誰かが後ろからやってくる。目玉だけ動かしてそちらを見た。
ニコニコ船乗りじじいだった。
ニコニコ船乗りじじいはゴリゴリに揺れる船の中をシャキシャキ歩いてきて、わたしの斜め前、コンセントに自分のスマホをつないだ。
ぷー
ぷー
充電開始を知らせる間抜けな音がした。
スマホを適当に床に放ると、船乗りじじいはこちらを見た。近くに座っているわたしがスマホをパクりそうなやつかどうかチェックしたのかもしれないけど、とにかく、なんかエビスビールのパッケージみたいな顔で笑って、やたらとハッピーそうにこう言った。
「半芸bん義絵KBドj_?djげtfおお〜!」
全然わかんねえ。
わたしは蚊の鳴くような声で、「ぶふぇい……(できない……)」と言った。できない。マジでなにもできない。身体中しびれてるし、船乗りエビスビールじじいの言うこともなんにもわからない。っていうかエビスビールじじい顔色良過ぎね? ほっぺピンクちゃんね? わたしは多分真っ青ブルーね。あっ。おっ。また揺れる。うう〜。
わたしはまたもや半目になって、不快なしびれに耐えていた。
船乗りはグッと親指を立て、
「ハオリーハイ!!(すげえな!!)」
とわたしに言い、去っていった。
いや、お前がすげえよ。
船乗りエビスビールじじい(ほっぺピンクちゃん)としゃべったら、いや、会話成立してないんだけど、なんか「ハオリーハイ」って言われたら、なんとなく元気が出た。多分、船は沈まないな、と思った。するとこの、消化器官のしびれ、重く冷たいしびれ粘液でも飲まされたようなモヤモヤ感が急にリアリティを帯びてきた。
えっ、これ、あなたもしかして……吐き気?
気合いを入れた。船が波に突き上げられる勢いを利用してポンと手を伸ばし、ゴミ箱を手に取った。
正確に言うと、船に乗った時点ではゴミ箱だと思っていた、「うふふ、船中にゴミ箱がいっぱい。緑島の人たちは綺麗好きで海を愛しているのね!」箱だと思っていたそれを手に取った。そして……
(※ しばらくお待ちください ※)
スッキリしたあ!^^
体ってすごい。なぜ乗り物酔いで吐くかっていうと、「こんなに揺れるなんて錯覚に違いない。きっとなんか変な毒にでも当たって目が回っているんだな、よし体の中のものを排出しよう」ってなるから吐くのだという説があるらしい。マジで生きる知恵。体、あなたわたしの命をわたしが知らない間にも守ってくれているのね。ありがとう体。ありがとう吐き気。ありがとう命。全てにありがとう、ありがとう!!
っていうか人類!!
あんたたちはマジでやばいわね??
「地球上の様々な生物のうち人類の生息域がこんなにも広いのはなぜかと言うと、いろんな説があるけど、多分、冒険心じゃないか。“行ってみたかったから行った”先祖たちがいて、こんなに人類の生息域が広まったんじゃないか」ってなだいなだが書いていた。
「伊藤博文は絶対に英国に行ってみたかったんだけど、当時の日本で英語を勉強することなんかまともな教材なさ過ぎて無理すぎだったし、今より設備も整ってないし衛生事情も悪すぎる船に忍び込んだ若い日本人の伊藤くんなんかめちゃくちゃに働かされてめちゃくちゃに酔いまくってめちゃくちゃにお腹を下してて、それでもトイレなんかないから荒れ狂う船に体を縛り付けて海に出すしかなかったし、生きて着く保証もなかった」って伊藤博文別邸の展示で見た。
大阪の民族博物館、奄美の市立博物館、ニュージーランドの国立博物館、いろんなところでいろんな海洋民族にまつわる展示を見てきたけど、初期は人類マジで丸太ちょっと削っただけみたいなやつで海に漕ぎだしてたんだし、モーターもGPSも何にもないやつで行ったことない島を目指してきたんだし、本当、マジで、海洋民族すげえ!!!!!!人類すげえ!!!!!!!!!ってなった。
袋の口を固く縛って、「ぶはおいす(ごめんなさい)」といって、さっき「ハオリーハイ!」って言ってた船乗りが持ってきたゴミ回収箱に入れた。船乗りはなんと、「しえしえ(ありがとう)」と言ってくれた。恥ずかしさと申し訳なさと、この人は無数のゲロゲロ観光客を介抱しまくってきたんだろうな、ということについての尊敬で胸がいっぱいになった。ゲロゲロ観光客の一人として。
ハオリーハイ!
漁港に着いたが、とても台東駅までの車に乗る気力がなく、わたしは降りて左側、海沿いのベンチにフラフラ向かって横になった。(同じくゲロゲロになった人がいたらここを休憩場所としておすすめする。)
海に陽が沈んでいった。
海だなあ、と思った。
この海を渡りたい、という一心が、どんな冒険を生んできたのだろう。この海はこの土地を生きる人に何をもたらし、何を飲み込んできたのだろう。海の向こうに、タオの人々が生きる島をのぞみながら、渡りたい、と、わたしも思った。会いたい。今はこんなにゲロゲロだけど。自分で船を操るどころか、乗せてもらってるだけのくせにゲロゲロになるような、地引網一つ自分で引いたことない、船の予約もまともに取れない、こんなに情けない自分だけど。それでも。
きっと渡りたい。この海を。蘭嶼まで、タオの人たちに会いに。
「ニーハオ!」
急に呼ばれた。ゲロゲロでひっくり返っているわたしを、真っ黒に日焼けしたおじさんが笑顔で覗き込んできた。
「タクシー乗らない? 台東行くでしょ? えっ? ゲロ吐いたの? へ〜大変だったね! じゃあゆっくり運転してあげるよ! まんまん(ゆっくり!) 大丈夫大丈夫! 乗って乗って! 300元だよ!!」
たくましく、生きていた。
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