「あなたの写真、つまらなくなった」と言われた話

なにかを作る人なら、経験があるかもしれない。

何も考えず、無邪気に楽しんでいた最初のころのほうが、いいものを作っていたのでは・・・?という不安にかられること。

まさにその状態に陥ったのが、1ヶ月前のことだった。

写真について、尊敬するカメラマンにアドバイスをもらうタイミングがあった。そこで言われたのが、「ぽんずちゃんの写真、つまらなくなったね」という言葉。

ずーーん、と鈍く胃のあたりが痛むような気持ちだった。

「つまらない」よりも「つまらなくなった」のほうが、ショックが大きい。

こういう展開、スポーツかバレエかの漫画か何かでもみたことがある気がする。あれもそうだった。ミュージカルのオーディション映画「ブロードウェイ・ブロードウェイ」(原題:Every Little Step)。

ダンサーの女性が、オーディションの2次会場にあらわれる。「1次のときのように、軽やかに踊ってみせてよ」と審査員に言われるも、過去の無邪気な自分がどうやって踊っていたかなんて思い出せなくて、彼女は混乱する。そうだ、その女性は結局、オーディションに落ちてしまうんだった。

知識を頭に詰め込んで上達したつもりでいても、最初のころの衝動やきらめきが失われている。結果として、そのアウトプットはただ標準化され個性の失われた、つまらないものになる。

過去の自分ができていたことを、今の自分はできないという悔しさ。持っていた大事な何かを、どこかに落としてしまった空虚感。ライバルの背中を追いかけるよりも、虚無感がともなうぶんすこし辛い。

写真を撮るってなんだっけ?なにが楽しかったんだっけ?なんであの日の写真、モデルさんが大笑いしてるんだっけ・・・?

「正しい」写真を撮るために買ったSONYのカメラに、憎さすら覚えるようになってしまった。なんのために、お給料をはたいてこのカメラを買ったんだっけ・・・?

カメラにはなんの罪もなく、SONYはいつも爆速でピントを合わせてくれて、高繊細な画像を作り出してくれた。そのことがより一層、私を卑屈にさせた。



すがるような思いもあって、FUJIを買った。「機材に頼るようなカメラマンはバカだ、四流だ」そんな声をいくつも聞いたけど、FUJIのカメラを持ったときに感じたときめきに、賭けてみようと思った。

FUJIのファインダー越しにのぞく世界は私の大好きな色をしていて、それだけで心が踊った。もうなんだっていいや。好きに撮ろう。好きなものを撮ろう。

1ヶ月間、好き勝手に撮って好き勝手にレタッチした。

そしたら不思議なことに、「ぽんずちゃんの写真が好き」と言ってくれる人がいっきに増えた。1ヶ月で、Twitterのフォロワー数が2倍になった。大事なのは数じゃない。それはわかっている。それでも、えいやっと飛び込んだ世界を肯定してもらえたような気がしてうれしい。

私の写真が未だにつまらないのかどうか自分ではわからないけれど、とりあえず私自身は今日もたのしくFUJIと歩いている。




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