カツ丼を食べる女たち

中学生のころ、「大食い」という言葉を心から恐れていた。成長期の私はかなりたくさん食べるほうだったのだけど、それを友人や好きな人に悟られまいと、涙ぐましいほどの努力をしていた時期があった。

食の細さこそが女子力の証、たくさん食べるのは女の恥なのだ・・・という強迫観念じみた価値観が、当時の私にはインストールされていた。気にする程度に差はあれど、まわりの女の子たちも同じように話していた記憶がある。

年齢をかさねるに連れてその強迫観念も薄れてきたとはいえ、やっぱり心のどこかで「がっつり食べることの恥ずかしさ」みたいなものは抱えていた気がする。



そんな価値観を、気持ちよく壊してくれたのが、羽海野チカさんのマンガ「ハチミツとクローバー」だった。

たいせつな恋を失って傷ついた、あゆという女の子。あゆは、片思いをしている相手と、彼の好きな女性が仲むつまじくしている場面に遭遇してしまう。

そこでのあゆの描写が大好きなのだ。

傷ついた彼女はやけ酒をあおるのではなく、特盛のカツ丼を注文し、わっしわっしと頰ばる。

「あなたがほかの人をどれだけ大事にしていても それを見せつけられても ポキリと折れずに生きて行けるように」

ボリューム満点のカツ丼をかきこむあゆの隣には、こんな言葉が添えられている。若い女の子と、失恋と、カツ丼。そのちぐはぐさはまるでギャグみたいなのに、なぜか涙が出てきた。

「私の心がぐしゃっと潰れないように」

いっぱい食べて、また前を向こうとするあゆの姿に、神々しさすら感じた。



いちばん好きかもしれないドラマ「カルテット」の中でも、カツ丼は印象的な登場の仕方をする。

すずめちゃん(満島ひかり)が、自分の隠したい過去について、巻さん(松たか子)に打ち明けるシーン。思わず涙ぐみながらも、すずめちゃんはカツ丼を口に運ぶ。

「泣きながらご飯食べたことある人は、生きていけます」

そう言って、巻さんはほほえむのだ。それに答えるように、すずめちゃんはカツにかぶりつく。



アンナチュラルでは、石原さとみ演じるミコトがもくもくと天丼を食べるシーンが出てくる(ずっとカツ丼だと思い込んでたけど、あらためて調べたら天丼だった、ちょっとショック)。

法医学者という仕事上、つねに不条理な死と向かい合わせのミコト。だけど彼女はけっして絶望したりしない。辛いことが重ねて起こっても、食べることをおろそかにしない。

淡々と天丼を食べるミコトの姿は、化粧品のCMで見慣れた石原さとみのパーフェクトスマイルよりもなぜか美しく見えた。



世界広しといえど、モテ技として「丼をかきこむ」なんてテクはどこにもないだろう。だけど大好きな作品たちが教えてくれた。食べることは生きること、しゃんと前を向いて歩くため、しっかり食べる女は美しいのだと。

私たちも、図太くしっかり食べていこうじゃないか。細くかよわく庇護欲をかきたてる姿もそれはそれで可愛いけれど、しっかり食べておのれの足で立てる人のことを、私は美しいと思う。

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