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今日、社会のレールを降りました。

とうとう、退職しました。有給も消化して、社員証も保険証もスマホも返した。もう、会社に関するものは手元に何も残っていません。

大学を卒業して、大手企業に就職して、定年まで勤め上げる生活。それを「レール」と呼ぶのであれば、私のレール生活は、今日を以って終了したことになります。

同僚からは「突然だね」と驚かれたりもしたけれど、私の中ではずっとずっと前から心の中にあった選択でした。それこそ学生時代から、いや、子どものときから、縦横無尽に世界を旅してみたいという思いがありました。でも恥ずかしくて誰にも言えなかった。そしてnoteを始めたときから「会社員をやめます。旅に出ます」と言い続け、それでも何度も弱気にになったり体調を崩したり、延期に延期を重ね、やっと心を決めて今日に至ります。

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会社を辞めた理由は、ひとことでは言い表せません。ポジティブな理由もあるし、もちろんネガティブな部分もあります。

ポジティブな理由から言うと、やっぱり旅をしたいから。有給を全部くっつけたよりももっと長く、旅をしてみたいから。学生のあいだの旅だけじゃ、私の中の旅したい欲は満たされなかったから。自分の稼いだお金で、心ゆくまで世界中を散歩してみたい。写真を撮ってみたい。文章にしてみたい。内側からふつふつと湧き出る欲望を、どうしても今、叶えたかったのです。


だけどこれは、裏を返せばネガティブな気持ちも含んでいます。

納得の行かない働き方をしていた頃、私の中では嫉妬が渦巻いていました。旅をしながら生きる人が、写真や文章を生業としている人が、羨ましくてしょうがなかった。留学に強い憧れを抱きながらもできなかったという思いもあるので、海外生活をしている人がとにかく眩しくてしょうがなかった。ときに筋違いの妬ましさすら感じていました。

留学したかったのに出来ないままだった過去の自分や、就活したくなかったのに「なんとなく正解」であろう道を選んでしまった過去の自分が、いまだに成仏しないまま、皿屋敷のお菊よろしくずーーっと居座っていたのです。足りないものばかりをカウントしながら。

だから今回の旅は、未来に向けてのものであると同時に、自分の中の過去の怨念に成仏してもらう旅でもあります。

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会社を辞めるという選択がメリットばかりではないことは、重々承知しています。過去のnoteにも書きましたが、退職が決まって初めて、いかに会社に守られていたかに気づきました。税金の管理も、社会的な身分も、毎月振り込まれるお給料も。

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見る人が見れば、私の選択は愚かに映るのかもしれません。

きっと一部の人からは、陰で噂をされたりするのだと思います。もしかすると、両親もとばっちりを食らうのかもしれません。「あなたのとこの娘さん、◯◯株式会社辞めたんですってねぇ、もったいないことしたわねぇ」「いい歳して、大丈夫なの?」なんて。ありありと想像できます。

私自身、臆病者なので、そういう風に噂されることを恐れていきてきました。なるべく褒められるように。なるべく後ろ指さされないように。思い出せば、小4くらいの頃からずっとそんな風に外面を気にしながら生きてきました。


だけど臆病な私でも、人生の中でいくつかは明確な自分の意志で決めたことがあります。

たとえば、浪人したこと。どうしても行きたかった大学を諦めきれなくて、1年余計に勉強しました。

たとえば、学生時代に女ひとりで旅に出たこと。「危ないよ」と言われても、好奇心には勝てなかった。

たとえば、FUJIFILMのカメラを買ったこと。SONYの最新カメラを売ってでも、どうしてもFUJIのファインダーから世界を覗いてみたかった。

思い返せば、今の私の足元を照らしてくれているのは、こういう「正しくない」選択肢たちなのです。


踏み出すのは、正直こわい。ちょっとどころじゃなくこわい。でも、自分で決めたことです。社会のせいにも時代のせいにも親戚のせいにもできない。

願わくば、レールを降りた先の景色が色鮮やかなものであらんことを。







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