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0012 キコ・コスタディノフ "00102021 Sirokkó" SS21 クイックレポート

 世間ではCOVID-19が猛威を振るい多くのイベントやライブ、映画など文化的活動の発表の場が軒並み延期やデジタルでの発表に切り替わっているなかファッション業界も例外ではなく、パリファッションウィークのメンズコレクションは例年の6月開催から7月に変更され、すべてオンラインでの発表になった。
 公式スケジュールは2020年7月9日〜13日で、この記事はそれに合わせて最新の情報をチェックしながら執筆し、開催期間中に発表するクイックレポートである。

 今回の “Menswear Paris Fashion Week Online” では様々なブランドが従来のランウェイとは違う形で工夫を凝らしてコレクションを発表しており、ファッションの歴史においても非常に重要な瞬間であると言える。ルック写真を発表するところもあれば、無人でのランウェイ写真を公開するところもあり、方法は様々である。コロナ禍におけるファッションプレゼンテーションのあり方については追って詳しく記事を書こうと思っているので、ここではこれくらいにしておこうと思う。

Kiko Kostadinov Menswear SS21

 タイトルにもある通り、今回は3日前の2020年7月10日に発表されたキコ・コスタディノフのメンズSS2021コレクションに関するクイックレポートをお送りする。まだ詳細な情報があまり多くないため、後ほど細かな考察等を加えたバージョンも執筆予定である。
 
 まずは公開されたコレクションの写真を見ていただこう(リンク先にはランウェイ映像もあるのでそちらもぜひチェックしていただきたい)。

Kiko Kostadinov Menswear SS2021 Look

 今回のコレクションはブランドのウェブサイトにてクローズドな形でオンライン発表された*。プレスや関係者にはパスワードが配布され、ログインして再生ボタンを押してから1時間の間、今回のために制作された映像作品とランウェイ映像、ルック写真が見れる仕組みとなっていた。映像作品はスペイン出身のフォトグラファー/映像作家のRobi Rodriguez(ロビ・ロドリゲス)によるもので、彼は過去にウィメンズラインのCamperAsicsとのキャンペーンビジュアルを担当している。ウェブサイトのデザインと構築は引き続きWAF GMBHが担当しており、こういったUX面にも抜かりがないところはさすがと言える。
 オンラインで発表したブランドの多くがプレゼンテーションをオープンに公開したのに対して、パスワード付きのウェブサイトで一部の人に限定して発表した点は、従来のランウェイショーの醍醐味である「インビテーションを持った人しか見れない」特別感が演出されていて非常に良かったと思う。ファッションは今も昔も貴族的なものなのだ。
(ちなみにルックとランウェイ映像はVogue Runwayでも見れるので、パスワードを持った人しか見れないのはRobi Rodriguezによる映像作品とショーノートとなっている。)

*追記:2020年7月23日現在、公式サイトではショー映像とルックが今回のためにデザインされたUIで閲覧できるようになっている。

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 これまでのランウェイより少ない27ルックで構成された今回のコレクションは、AsicsやCamperとのコラボレーションが終了してから初の、つまり3シーズン目ぶりのブランド単独による発表で、どのような変化が現れるか楽しみにしていた。そして予想通りにコレクションは「予想外」なものだった。
 初期のキコの代名詞でもあるワークウェアや、このブランドを一躍有名にしたスニーカーは一切登場せず、中世ヨーロッパの雰囲気が全面に出たコレクションはキコ好きが集まるオンライングループでも賛否両論を巻き起こした。ファン層を一切気にせず変化し続けるその姿勢はデザイナーとして見事である一方で、ファンであり続けることを試されていると感じる人もいるようだ。

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 フレアシルエットの膝丈パンツや、大きなカフス、ボリュームのあるトップスとタイトなパンツの組み合わせ等の見た目からも分かるように、今回のコレクションはルネサンス期をインスピレーションとしており、その中でもフィレンツェのメディチ家を題材としたロベルト・ロッセリーニ作のTVシリーズ「L'età di Cosimo de Medici (1972-73)」がリファレンスの一つとして挙げられている。

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 例えばルック2526はケープとタイトなパンツの組み合わせから宮廷道化師を想起させるし、ワイドパンツやロングコートには中世ヨーロッパのプールポワンなどに見られる「スラッシュ(切り込み)」という装飾を模したデザインが取り入れられている。ルック101617で使用されている垂れた耳のような帽子も中世ヨーロッパを描いた絵画などで見たことがあるだろう。と、ここまで書いたところで私の中世ヨーロッパの服飾に関する知識は出尽くしてしまったので、服のデザインやディティールのリファレンスに関しては勉強し直してから改めて書こうと思う。

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 個人的に着目したのは、今までのコレクションでは一度も使われたことがなかったカシメがいたる所で象徴的に使用されていることである。今まで、スナップボタンにしても一貫して一つの型・サイズのものを使用してきただけに、副資材へのこだわりは強いはず。今回のカシメも重要なデザインの要素として使っているように見えるし、もしかしたら中世の騎士が着用するプレートアーマーから着想しているのかもしれない。

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 ここで改めて中世の貴族というテーマとファッションについて考えてみた。ロビ・ロドリゲスによる映像作品ではモデルたちがカメラに向かっていくつかのメッセージを発している。

”In a totally sane society, madness is the only freedom”
“Consumerism is honest”
“Shopping is the model of all human behaviour”
“It’s terribly important to watch TV, it gives us our sense of values”

 どれも消費主義に関する言葉であり、消費はファッションとは切っても切り離せない存在である。ファッションという言葉の定義は様々であるが一般的に「流行」を意味しており、流行とは人々に消費を促す仕組みでもある。ファッションが頻繁に変わるようになったのはまさに14世紀中頃と言われており、当時は貴族を始めとする富裕層のものであった。しかし近世の大航海時代の幕開けにより交易で富を蓄える者が増え中産階級が生まれたことで、次第に下の層の人々までもが流行を追うようになり、ファッションの変化をさらに加速させたという。その後、産業革命と資本主義の登場を経てファッションは人々の消費を促し加速させる装置として完成した。

 現在では最新の流行の服が大量に安価に生み出されるファストファッションや、安価な服に高い付加価値がついたストリートウェア、そしてブランドが消費者に直接商品を届けられるEコマースが普及して産業自体に大きな変化が訪れ始めている。キコ・コスタディノフに関してもストリートウェアカルチャーの一つであるスニーカーで名を上げ、最近では独自のオンラインショップも開設している。そしてコロナウィルスの流行による外出・移動・集会の制限によってファッション産業が大きな影響を受けている中での、今回のテーマ。

 現在のファッション産業のルーツでもある貴族的なスタイルをもって消費主義を肯定しているとも、批判しているとも解釈できるメッセージを発することは、AsicsやCamperといったステークホルダーがいない、完全な独立体制の今回だからこそできたことであり、キコの今後のファッション産業や自身のビジネスに対する気概を見せられたような気がする。ちなみに同ブランドは今年の6月に新しいスタジオに移ったばかりで、そこには独自のフォトスタジオも併設されているという

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 ひとまず、今回のレポートは以上。気が向いたら加筆するかもしれないし、それより先にフルレビューの方が完成するかもしれない。
 去年の今頃は世の中がこんなことになっているとは想像もしなかったが、ファッション産業が変わらなければいけないという事はすでにタイミングの問題でしかなかった。それが今回のパンデミックで早まったというだけであり、造り手側にとってはむしろマージンを取られずに直接消費者に届けられるのだから良いことだろう。気がかりなのは、自ら価値を生み出せなくなった小売店である。小売店の売りは消費者との直接的なコミュニケーションであるが、それが絶たれた今、彼らには「他よりも安い」以外に価値を生み出せているだろうか。ましてやオンラインの直営店がある中で、わざわざ小売店で買うことの価値とは何だろうか。
 私が今回のキコ・コスタディノフのプレゼンテーションを見て、考えて、最終的に思いを馳せた事柄は消費と価値についてであった。

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更新履歴

・1.0  2020.07.13  記事投稿
・1.1  2020.07.23  リンク追加


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