怒りと優しさは続かないけど…。

もう何日もnoteを更新できずにいました。と言うのも、高熱が出た週があって熱が下がってからも先週まで体調が整ってない感じがしていたからです。こうしてまた、何かを書くことができるのも体の調子がいいってことなんだと実感しています。

ところで、そんな風に体を休めている時にもいろいろと頭を巡ることがありました。歯の治療をして高熱が出たのですが、それがもう久しぶりに痛くて、子どもの頃は結構平気だったのに、大人になると気持ちまで滅入ってしまいます。少し涙なんかも出たりして、ますます辛さを感じました。

でもそんな時にぬいぐるみの存在のありがたさに気づいたのです。家族に側にいてもらっても、ただ耐えるしか回復方法がない時、ぎゅっと抱きしめる効果って何倍もあって、気づいたら寝てしまっていたのです。

もちろん、医者の先生や家族がいてくれたから治りも早かったのですが、ぬいぐるみの効果って偉大だなと感じました。

それと同時に、自分だけの痛みは自分以外の人には届かないもどかしさも感じました。例えば一見元気そうに見える人でも、仕事を辞めてしまうほど心を休めなければならない時だってある。でも本人以外の人は中々気づいてあげられないんだと。

私は歯痛なので過ぎてしまえばなんともないのですが、世の中にはたくさん傷ついたり、痛かったりする人がいて、優しさによって支えていかなくてはならないということも。

けれども、持続的に優しくし続けるほどの余裕がない時は多々ある。だから「優しさ」を続ける工夫がもっと必要なのではないかと思い、「何ができるんだろう」と夢うつつに思いました。

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それで別の日の帰り道。何気ない話題の途中で夫が言いました。

「自分は人の愚痴を言うほどの存在じゃない」

私にはその言葉が清くて、思わず自分の小ささを感じてしまいました。私はまっすぐに行動できる人間じゃないし、いつまでも愚痴っても仕方のないことだとはっきり分かっています。

「自分の存在が何かの助けになったらいいのに」と思いながら、そうできずにいる自分。夫が何気なく言った言葉を心で繰り返しながら、もっと自分にも相手にも優しくしたいと心底思いました。怒ってばかりも続かない。

できればぬいぐるみのような存在。自分じゃまだまだ全然足りなくて、至らないところがいっぱいあるけど。そして、場所でも仕組みでも、「優しい」がそこかしこにもっともっと増えればいいな。

#エッセイ #優しい #怒り

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エッセイ

日常のこと。
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