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漫画『55歳の地図』がおもしろかった

これを読んでいる人の中に、老後の心配をしている人はどれくらいいるのだろうか。

しっかり老後の設計をしている人もいるかもしれないし、不安に駆られている人もいるのかもしれないが、ぼくは、あまり考えていない。なるようになると思っている。かりにどうにもならなくなったとしても、それならそれで、なるようになるしかないのだから、結局は、なるようにしかならない。

とはいえ、マンガ家の老後というのはなかなか大変みたいだ。いくら売れっ子でも、すこしずつ絵柄は古くなっていくし、年をとると急に仕事の注文が来なくなったりすることもあるようだ。

そもそもマンガを描くという作業自体がかなりの重労働なので、他の仕事のように定年を延長して70歳までというふうにはなかなかいかない。

さて、今日は

『55歳の地図』というマンガがとてもおもしろかった

という記事である。

有名な作品らしいので、知っている人もいるかもしれない。

作者は、黒咲一人という漫画家さんで、かつではヤングジャンプなどで、"あの"本宮ひろ志と人気を二分していたというくらいだから、相当の売れっ子だったみたいなのだが、54歳になったあたりからぱったりと仕事が途絶えてしまったのだそうだ。

こういう漫画家は多い

これまでにも何度か50代で行き詰まった漫画家さんのことを記事にしたことがある。その1つが、『生ポのポエムさん』というマンガで、この人は確か57歳でぱったりと仕事が途絶えて困窮し、生活保護を申請しつつ、その模様をマンガ化しようとした矢先に孤独死してしまった。

また、車上生活でをしている自分の生活をネタにしてマンガを描いている『離婚して車中泊になりました 』というマンガも紹介したことがあるが、これも50代男性の実録ものだ。

また、これまでくりかえし、吾妻ひでお『失踪日記』にも触れてきたが、これも、漫画家の吾妻ひでおさんが仕事に行き詰まってホームレスになった顛末を描いた実録マンガである。

みなさん共通するのは、、50代でマンガ家としての行き詰まりを迎え、絵も古くなり、もはや独自の世界を生み出す気力もなく、一度はマンガ家をあきらめつつも、その後の悲惨な生活をネタにした実録マンガで復活したという点である。50代の男性マンガ家には

悲惨な実録マンガ

という新たなジャンルが生まれつつありそうでなんか怖い。

「実録!リストラ漫画家遍路旅」

『55歳の地図』は、サブタイトルに「実録!リストラ漫画家遍路旅」とあるので、内容はこれでだいたい伝わると思うんだけど、仕事の無くなったマンガ家が家財を処分して四国にわたり、八十八か所巡礼の旅に出た様子が描かれている。

たんにお遍路の旅に出たのではなく、遺書と埋葬料10万円を忍ばせていたというから、死に場所を求めての旅だったのだろう。

昔のお遍路はそういう人が多かったみたいだが、この本の中にも、ホームレス崩れのお遍路さんが何人も登場するので、現在もあまりかわっていないのかもしれない。

「托鉢遍路」という、物乞いのようなことをしている遍路のなわばり争いにまきこまたエピソードも描かれているし、1か所に居ついて飲んだくれている遍路グループも描かれている。

物語に描かれている2004年の日本では、貧困の問題は今ほど深刻ではなかったはずだが、それでもこういった具合なので、今はもっとひどいのかもしれない。

人のやさしさに救われる旅

冬に歩き遍路をする人は、まあいないのだが、黒咲さんはあえて12月20日からスタートしている。そのあたりも、死に場所を求めていた心境がうかがえる。

実際、何度も死にかけており、そういうときに助けてくれる人が何人も現れるのだが、皆たまりかねて

このままでは死にますよ

といって助けてくれる。「死相」のようなものが出ていたのだろう。

ボロボロの三輪車にテントや寝袋や着替えを括り付けて、押して歩きながらの巡礼なので、ふつうに歩くよりもきついのだが、しかも三輪車は最初からパンクしていて、雪の山中を押しているうちに足の裏の皮がめくれて歩けなくなり・・それにくわえて最初のうちは、ろくに食べ物も取らず、どこにテントを張っていいかもわからず、ろくに眠れない。

これ以上ハードはお遍路をした人はいないんじゃないだろうかと思うくらいに過酷な道中だ。若い頃ボクシングをやっていたそうなので、なんとかなったのだろうが、そうでなければ死んでいただろう。

しかし、そうやって死にかけながら何度も命を救われていく中で、やがて人のやさしさに触れ、死相も消えて、最終ページでは

”生くべき道”それは人と出逢う道である。

という気づきに至って物語は終わる。

他人事ではない面がある

黒咲氏はぼくより20歳上なのだが、彼がお遍路をやったのがちょうど今のぼくの年なので、他人ごとではない気分なのだが、ぼくがおなじことをやったらまず死ぬだろう。

そのうえで、四国出身ということで感じることもあった。これまでお遍路のエピソードというと、大体、出だしとゴールと、途中の足摺岬あたりがヤマ場になり、それ以外のところが描かれることはあまりない。

ウチは、53番の円明寺と54番の延命寺のちょうど中間あたりで、穏やかな瀬戸内海に沿ってスムーズに通過できる場所なので、ヤマ場になることはまずない。

ところが黒咲さんの三輪車は、そのあたりで故障して立ち往生しまい、第13話の前半の8ページがまるまるウチの近所の話になっていたのでおどろいた。

三輪車が故障した道の駅もわかるし、彼に冷たくした自転車屋も、彼の自転車を直してくれた鉄工所もなんとなく見当がつく。

ちなみにどうでもいい話だが、彼の三輪車が故障した道の駅は、僕が小学生の頃、ちょうど「青酸コーラ無差別殺人事件」が世間を騒がせていたさなかに、飲みかけのスプライトを拾って「死ぬ気で」飲んだ場所であり、そのことはすでに記事したことがある。

なんにしろ、ウチの近所に冷たい人だけでなく優しい人もいてくれてよかったと思いつつ読んだんだけど、そうでなくてもこの漫画は一度はよんでみる価値があるだろう。やや絵柄は古いけど、こんな体験をした人はめったにいない。

なお、作者は現在、高知県に住み着いているそうなので、まあ、よかったよかった。会いに行った人がいるようだ。


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