各々の流儀と、違いを肯定する事

ninoさんの記事を読んでいて、こういう書き方もあるのか!と目から鱗でも落ちそうな気分になった。

じっくりと、酒を寝かせるような。
そういう文章の醸し方。

私とまるで正反対で。定期的な更新を続ける事がどうにも苦手な人間にとっては「そういう所からして違うのか…!」と、非常に面白く読ませて頂いた。

自分の場合は何かを読んだり考えたりしている時にピーンと思い浮かんだ事を、その気配の消えないうちに一気呵成に書き綴るというスタイルで。話の辿り着く所もオチも見えないままに、とりあえず見切り発車で書き出して。書いているうちになんだか終わりが見えてきたり、途中で話が全く変わっていたり。はたまた終わらせる為のキーワードを探して自分の感覚の中を彷徨う羽目になる…というパターンが多い。

この文章も、ニノさんの記事がガーンと心に響いて。何かを書きたくなって、とりあえず書き出した。だから話の着地点があるのかないのかも、今この段階では全くわかっていない。

 
とにかく。
頭の中に湧いてきたあれやこれやを、外に出さずにはいられないのだ。

考えてみたら。普段もじっくりと考えをまとめてから口に出すタイプではなく、喋りながらその過程で考えがまとまっていく方だ。つまり良いのか悪いのかは別にして、それが性分なんだろう。

少し話は変わるけれど。

こういう自分の傾向って、誰かと比較する事が無ければ意識に上げるのは難しいもので…これは大学卒業で学校という場をいったん離れ、その後に紆余曲折あって再び訓練校というステージに舞い戻った時にも感じた事だ。

同じ土俵に違うやり方違う能力の人間が集まると、個人の特徴がより際立ち把握しやすくなる。何ができて、何ができないのか。こういう場面では、どういう行動をとるのか。

学校という皆が同時に同じ事を行う場だからこそ。各々が別の立ち位置におり違うものを抱えていた会社勤めより、顕著にそれは表れているように思え。比較からこそ、自分という形は見えてくるのだな…と当時考えた事を覚えている。

10代の頃は比較とはある部分における優劣をはっきりさせる為の、マウンティングの意味を持っていた。違っている、というのは攻撃の理由になった。

でも大人になった今は。あなたと私は違う、という事実を知る事は。視野を広げるきっかけになったり、相手や自分を認める為の材料になったりする。

経験は視界を広げ。年を重ねるにつれ、少しずつ自分の世界の見え方が変わっていく。あの頃と同じものが、違う景色になる。もっと、ずっと優しい景色に。

もう「違う」は、怖い事ではない。
喜ばしいことに。


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