大学の話

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ノート

憂心

文科省が何かの大学一覧を出すと、どうしても、「文科省に恭順の姿勢を示した大学一覧」みたいに見えてくる。
最近だと、英語の民間試験の利用とか、全国学生調査の対象などなど。
そんなつもりはない、純粋な情報提供なんだと、文科省は言うだろうけれど。
まぁ、穿った見方をしているという自覚はある。

最近は組織とか政策とか、関与できないところで個人の考え方と違う決定がなされて、それに従うしかないことが多いな、

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できることといえば

今日は少し調べものをして、制度設計に関するいくつかの論文や研究報告書に目を通して、いろいろ考えていたら、定時後に軽く2、3時間経ってしまった。
こういうとき、私は超過勤務をつけない。直接的には今私に任せられている仕事の範囲ではないから。

今、業務上関わっているとある制度が、来年から変わろうとしている。
そのための議論をするのは、学内の各組織の長レベルの先生方で、事務方(この言い方を好まない人もい

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ひとりごと

人の人生を左右するかもしれない仕事をするのは、すごく嫌だ。辛くなるから。最近特にそう思う。
でもそういうことは、ここにいる限りはついて回るのであって、逃れられない。

そういうときのための心理的負荷分散というか、言ってみれば責任逃れをするための、機械的作業たちであり、無機質な数字たちと表であり、決裁でものを決める仕組みなんだなぁと思ったりする。システムというものはよくできている。

でも、そんなも

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ギスギスの原因

簡単にものを頼む人にイラッとする。
頼まれごと自体は、仕事なので別にいいのだが、なにがひっかかるのかといえば、こちらの都合を考えないその身勝手さである。大概頼み方が悪い。
「○○から△△の照会が来たので××を提出してください、締め切りは○月○日17:00厳守です。以上。」
みたいなのを見ると、知ったこっちゃねーよ、というのがファーストインプレッションである。(最近どうも口が悪くていけない)

私は

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数が多いとひと仕事

数量が多いということは、それだけでものごとの難易度を上げる。
一つ一つはごく簡単ですぐに終わるようなことも、数が多くなると結構な時間がかかり、一仕事になる。
少ないうちは手作業で何とかなるものも、数が多くなるとやってられなくなる。

この、やってられなくなる臨界点はどのへんか、ということに少し興味がある。
人によって面倒くささ耐性に差があるので、臨界点も相当なばらつきがありそうである。

もし人よ

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あなたにも良いことがありますように
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会議は演劇

大学の会議というものは演劇じみている。

会議上の発言は
誰かの筋書きの上を滑っているような感じがする。

それはファシリテーターだけがそうなのではなく
構成員すべてがそのようであり
誰の発言も演技っぽく聞こえる。

用意してきた言葉を披露し
人の意見の拾い方も完璧なセリフ回しみたいだ。

なにかを掟で禁じられてでもいるかのように
みんながみんなそうなのはとても気持ちが悪い。

いっぽうで会議前後

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大学は教育機関か研究機関か

大学は教育機関なのか、研究機関なのか。
自分の大学観として、どちらが強いか。
大学の先生は、教員なのか、研究者なのか。
どっちのつもりで接しているのか。

このことは、仕事上の考え方、つまりは大学のあらゆる制度設計にかなりの影響を及ぼすと思う。

先生たちは、研究者と自認している方が多いだろう。大学院で研究をし、その後も研究を続けるために大学に職を得ていて、後進を育てたり、研究の成果を還元する手段

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世界は素人によってつくられている

思うに、世界には職人の世界と素人の世界があって、サラリーマンのほとんどは素人の世界だ。

素人が思いつき、素人ができる策を素人が作り、
素人が素人に説明し、素人が意思決定して素人に命じる。
そこでは高度すぎることは継承できないので淘汰されてしまう。
素人に職人技を期待してはいけない。

集団は誰もが素人であり、適応してもまた異動によって強制的に素人になる。
ジョブローテーションによる人材育成、フレ

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