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人生に目標は必要か

一年の計は元旦にあり、という。
抱負を掲げて、心機一転された方も多いのではないか。


私?
健康に気をつけようと思い、まずは「お酒を控える」という抽象的な抱負を掲げたものの、元旦より10日連続で飲酒してしまった。
人は弱い生き物である。

だからと言って、開き直ってこんなタイトルをつけているわけではない。


ただ、目標を持たなくても、幸せに楽しく人生を謳歌している人もいて、少し考えを整理したいと思った次第である。


私は目標を持った方が良いと考えていた。
その目的は、成長して今までできなかったことができるようになるのが楽しい、目標達成への過程が楽しい、というものだったと思う。

また、自己啓発系の本を見ても、目標を持つことの大切さ説いている本が大半である。
成り行きで人生を送っても、願望を叶えることができない、とか
現状維持は衰退の一途を辿るから成長し続けることが大事、とか
目標持たないことに対するネガティブなコメントが並ぶ。

しかし、最近は目標を持つことを是とする風潮はどうなのか、とも考えるようになった。


人生楽しく生きることを目的にした時、目標は必要なのか、と。


私のある友人は、明確な目標を持っていない。それでも、たくさんの仲間に囲まれて幸せそうに毎日を過ごしている。
何も変わらない毎日は、目標人間から見ると、その生き方は楽しいのか?とも思ってしまうのだが、その人は「いま」を楽しんでいて、楽しい「いま」が継続しているから、人生楽しく過ごせているのではないかと思った。


自己啓発本のベストセラー「嫌われる勇気」にも、こんな一節がある。

人生とは、いまこの瞬間をくるくるとダンスするように生きる、連続する刹那なのです。

ダンスを踊っている「いま、ここ」が充実していれば、それでいいのです。

目的地ありきの人生を真っ向から否定し、今を生きることの大切さを説いている。

また、私が芸能界で一番尊敬するタモリさんも、新年の抱負は掲げないという。
いいとも生放送8054回という、前人未到のギネス記録も、最初からそんな記録を成し遂げようと始めたわけではないだろう。日々、やるべきことを淡々と積み重ねていった結果だと思う。

もちろん、目標が必要になる場面はある。例えば、ビジネス。会社の役員や上司が何も目標持たず、行き当たりばったりで事業を進めていては、その会社はいずれ潰れるだろう。

それでも、生きていく上で、目標は必ず必要だという価値観を他人に押し付けることはせず、千差万別な生き方を受け入れられる大らかさを持っておきたい。

目標を立てるなら、その目標を立てる目的をよく考えたい。

そう思う次第である。

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