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野糞から自然の一部である自分を取り戻す

以前にMediumに書いていたもの(2017.2.10)をnoteに再掲。

今、自分が書きたいと思っているのは、野糞のこと。記念すべき一回目が野糞というのは、どうもアレだが、いや大真面目にこれは大切なことだと思っている。


これほど、自分が野糞に大注目したのは、糞土師 伊沢正名さんのことを知ってからだ。伊沢さんのウェブサイトの記事や書籍をとおして、大変な衝撃をうけている。今、仕事のなかで人と自然の関係に関する書籍や情報に触れる機会が多いなかで、これほど衝撃があったものはなかったかもしれない。いや、確かに小学生男子的なニヤケ顔でいることも、あるにはあるが、伊沢さんの主張は至極全うなのだ。

人間が作り出す最高のものは「野糞」である。


ヒトが生きていくために絶対に欠かせないのが、食べることと眠ること、そしてウンコ(排泄)をすることだ。食べものは、肉でも魚でも野菜でも、すべて命ある生きものだ。ほかの多くの命をいただいている私たちが、自然に感謝して何かお返しするのは当然のことだろう。しかし、ヒトが自然に返せるものといったら、ウンコしかない。ウンコはトイレに流せば厄介なゴミに成り下がるが、じつはヒト以外の生きものにとっては、たいへんなご馳走なのだ。
私がそう断言できるようになったのは、長年試行錯誤を繰り返し、さらには100以上の野糞跡を掘り返し、見て触れて、臭いで味わった経験があってこそだ。
『くう・ねる・のぐそ』糞土師 伊沢 正名、ヤマケイ文庫


生き物はすべて、食物連鎖という物質循環のなかに生きている。植物は動物に食べられ、その動物は肉食動物に食べられる。そして、ウンコをする。ウンコ=有機物は分解されて土になり、土はまた植物となり食物連鎖のなかで物質循環していくわけだ。ヒトは水洗トイレで排泄することで、この物質循環を断ち切ってしまっているのだ。これは、相当に問題なのではないか?と思うようになった。


伊沢さんは、キノコ写真家でもある。森林においては、有機物の分解には土壌動物とバクテリアだけでなく、キノコの強力な分解力が鍵となっているそうだ。伊沢さんのサイト、ノグソフィアによると、1974年に1月1日に、信念をもって野糞を開始、2006年には10000回の記録を打ち立てている。キノコに関する知識と長年に渡る情熱には説得力がある。


自然は大切だと思っていたけれど、この視点はなかった。自然に触れることの大切さを謳う時にも、忘れずにもっていたい視点である。


野糞をするということは、「自然の一部である生き物としての自分」を取り戻すということなのではないかと思う。人間はいろいろな世界に所属している、大きな社会だったり、特定の文化の中だったり・・・。特に都市部において、自分自身が循環する自然の一部であるという感覚をもつことは皆無なのではないかと思う。そして、この感覚はとても大切なのではないだろうかと思うのだ。


その昔、神話が語られていた時代、人間と動物には対称性があり、どちらかが一方的に優位であるとは考えられていなかったという。神話の世界では、熊や山羊などの動物と結婚する話がさまざまに語られ、動物を人間と対等に、あるいは、それ以上に尊ぶ思想があった。もうずいぶん昔の話になるが、狂牛病が問題となったときに豚や牛の内蔵が細かく砕かれ、ブルドーザーで扱われる光景がテレビでも放映されていた。中沢新一さんは、この光景を前にして、昔の神話的な対称性のある世界に対して、現代の方がむしろ「野蛮」なのではないかと書いていた。人間は自分たちを自然から切り離して捉え過ぎなのではないだろうか。


野糞にはそれをもう一度取り戻すものがある。それは、伊沢さんの書籍のなかにも書かれているが、尻をだして最も無防備な状態で自然のなかにいることで、様々な外的恐怖を知ることになる。弱い存在としての人間を感じる体験だ。星野道夫さんは 「熊に襲われて人が亡くなったという二ユースに、少し安心する」というようなことを言っていた。もちろん、亡くなった方は気の毒だが、これは、人間が最強なのではないということを知らしめる出来事だ。(星野さん自身が熊に襲われて亡くなってしまったが)


そしてもう1つは、自宅近くの木が伐採され、林が無くなれば、日常的に野糞ができなくなるというのだ。野糞には適度に隠れることができ、安心できる林が必要で、それが失われて行くことは、伊沢さんにとっては「命に関わる重大事」であり、「開発で安住の地を追い出される野生動物の苦悩はいかばかりか、察するに余りある心境だった。」と言う。人間が生きるという営みのどこかしらを自然に接続していく。こんなことをしていくことで、自然と人との関わりを変え、生き物の循環のなかにいる自分という、新しい、いや失ってしまった自己認識を取り戻すことができるのではないか、と。

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