「パスは未来へ出せ」

「恩送り」って言葉が胡散臭くて嫌いだ、って内容のnoteを書こうとして、一応その言葉の起源だとか調べたら、一般的に使われている意味と僕の思っていた意味とに違いがあることに気づいて、辞めた。

クラウドファンディング周りでよく使われる言葉かと思うが、僕は「恩着せがましい」的な意味でこの言葉を捉えていた。

でも一般的に使われているのは「情けは人の為ならず」的な感じで、人から受けた恩をその人に返すのではなく、また別の人に別の形で送って・・・回り回ってまた自分に返ってくる、と。

そのような意味で使われている言葉らしいのだ。

作家の井上ひさしさんが言い出しっぺ?なのかな。

「江戸時代から恩送りの概念はあった」とおっしゃってたらしい。

ちなみに英語で言うとPay it forward.だとか。

まぁ、とは言え「恩送り」って言葉、「恩返し」に比べて馴染みがないからか、どうしても胡散臭く感じてしまうよね。

「お返しする」という行為には気持ちを感じるんだけど、「送る」(この場合の意味でいうと受けたものを別の人に回すというイメージ)という行為には気持ちの籠めように選択肢があるというか・・・。

何度も言うけど、返す場合の行為はたとえ「返しゃあいいんでしょ」と思っていたって返すと言う行為自体に「お返しします」という気持ちが含まれているというか、返す気持ちがなければ返さないはずなんですよね。

(ま、その行為を人に依頼したり、botの自動返信てのもあるからそこまで考えると一概に「返ってきた」と素直に喜べないケースもあるけれど)

方や送るという行為はどうだろう。

うーむ、なんとなく、「狙ってやるもんじゃない」感じがするから、狙ってる感じのする「恩送り」が嫌なんだろうか。

きっと素敵な恩送りをされてる方は、自分で「恩送りをしている」という感覚なんて無いんじゃないかなぁ。

結局「恩着せがましい」と似たような感じで、敢えてスタートを自分にしている感じが嫌なんだよなぁ。

「恩を送っておけば、恩が返ってきますよ」みたいな。

今まさにそんな風に世の中煽られてる気がする。

そうじゃあないんだよなぁ。

「ありがたいご恩を受けました」という感覚が素敵なんじゃあないか。

でもね、ここでちょっと提案。

サッカーみたいにチームプレーで恩を送ることを考えると、楽しくなるかも知れない。

恩がボールだとして、誰かが誰かにパスをする。

それをもう一度返そうが、スルーしようが、自分でドリブルしようがその選択肢は自由だよね。(それが人生)

でも向かっているのはどっち?

相手のゴールの方だよね。

みんなでパス回したり、ドリブルしたりしながら、目指している方向は同じ。

みんなゴールに向かっているんだ。

今こうやって書いていて、たまたまこないだ読んだ名古屋グランパス監督時代のベンゲルさんについての記事に書いてあっためちゃめちゃ格好いい言葉とつながったのでテンションあがってる!

その言葉がこれ。

「パスは未来へ出せ」

結局ね、みんなでゴールへ向かうのは、未来へ向かってんだと思う。

だから、個人間のちっちゃな恩送りみたいな胡散臭いこと考えてないで、チームプレーで未来に送りゃあ、いいんじゃないの?

うん。

やっぱり書いてみて、はっきり言える。

「恩送り」って言葉、嫌いだ。

#yusukeumeoka20180310 #日記 #エッセイ #コラム #恩送り #名古屋グランパス #ベンゲル #サッカー


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