サブスクリプションビジネスの失敗・成功の両方を、一社で経験した稀有な事例

最近はSaaSビジネスが盛り上がっているが、その重要なエッセンスに月額課金、サブスクリプションモデルがある。WOWOWは1990年代から月額課金のサブスクリプションモデルで商売をしており、インターネットがそこまで発展していなかった時代からサブスクで事業運営をしていた会社の知見はとても興味深かった。2002年〜2005年は総会員数が純減し続けると言う苦境に立たされたながら、顧客のインサイトを深くつかみ、リテンション施策を次々にヒットさせることで業績回復した軌跡はすごい。サブスクリプションモデルはとかく成功例がフィーチャーされがちだが、WOWOWの事例は失敗→復活が時系列で分かるので、とても良いケーススタディ。SaaSビジネスに関わる方、B/C問わずサブスクビジネスに関わる方は必読。

とても面白い本だったので、こんな感じでまとめてみた。

1. なぜ解約率が増えてしまったのか
2. 解約をするお客様の声を聴きまくった
3. 62グループに分け、セグメントごとに解約防止策を実施
4. スーパーコミュニケーターのノウハウを解析して横展開

1. なぜ解約率が増えてしまったのか

新規獲得ばかりに気を取られて、リテンション施策を全く打っていなかったと言うのが一番大きい。当時は新規獲得さえ伸びれば良いと言う認識が社内で強く、無料・割引施策での新規獲得施策ばかり行われていた。結果、安さに釣られる人ばかりを新規ユーザーとして獲得してしまい、そう言う方は安さがなくなるとそのまま離脱してしまった。新規向けの割引施策の負の側面は、コスト増&優良顧客の離反。

割引施策は売上が純減する。それに加えて、解約者が増えると解約オペレーションにも人件費がかかる。WOWOWの場合は解約を電話で行うフローのため、応対するオペレーターの人件費が掛かるのだ。仮に「10万人獲得しました!10万人翌月解約しました!」と言う状態だと、売上ダウン+人件費分で普通に赤字になってしまう。コストを掛けて施策を打つときは、リターンがあるかどうかをきちんと見なくては、意外とすぐ赤字になってしまう。

企業から見えにくく、長期的なマイナスになるのが優良顧客の離反。「割引施策は新規ばかり。なぜ新規ばかり優遇するのか」と言う印象を優良顧客が抱くようになり、やがてサービスから離れてしまうと、その分もマイナスが出てしまう。新規獲得数だけを追って、割引施策を実施することの副作用は大きい。意外と、似たような憂き目を味わっている企業は世の中に多いのでは。

2. まず解約をするお客様の声を聴きまくった

筆者の大坂氏は当時の社長から「解約を止める部署を作るからそこの部長になって欲しい」と依頼を受け、リテンションマーケティングを始めた。結果論でいうと、「解約を止める」と言うサービスの出口から問題を紐解いていったのはよかったのだと思う。出口に立ったお客さまに話を聴くと、サービス提供側が想定していなかった様なインサイトを得られる。そして、どのプロセスで問題が起こったのかがとても分かりやすい。ちなみにインタビューの実施方法は下記。これくらいやって、インサイトが引き出せたんだなと頭が下がる思い。

そこで解約防止部では「デプスインタビュー」を実施し、解約の理由を探ることにしました。デプスインタビューとは、1対1の面談形式で顧客にインタビューする手法です。私が行ったデプスインタビューでは、性別、年代、解約した時期、世帯構成などを元に選んだ数十人の解約者に、マンツーマンで1時間程度、お茶やお菓子のあるリラックスした環境で話を聞きました。(中略)結局、約50人の顧客の話を3ヶ月間ほどかけて聞きました。
P.86

印象的だったのは「録画した番組が溜まる一方で、みられない自分に罪悪感を感じる」と言うインサイトを掴んだこと。こういう意見はアンケートでは出にくい。デプスインタビューをしてお客様と対話したからこそ、お客様自身も自覚できていなかった課題を引き出せたのだと思う。ここで得た情報から、解約時期ごとのペルソナを作り、様々な打ち手を実施していくことになる

3. 62グループに分け、セグメントごとに解約防止策を実施

定性での情報収集で終わらなかったのが、本書の素晴らしいところ。定性での仮説抽出→データでの検証という実行順序は、業種業態・規模問わず普遍的なアプローチ。デプスインタビューで掴んだ肌感覚を、定量的なセグメンテーションに落とし込むプロセスはとても参考になる。

まず「最近加入したか」「1年以上加入しているか」などの加入期間、「映画がみたい」「音楽番組がきっかけ」といった加入理由、「性別・年代」などの属性、「WEBで加入」「電話で加入」などによって全顧客をスコアリングし、そのスコアを、解約しやすさをポイントに各グループが数万〜数十万件になる様62グループに分けました。(中略)解約しやすさの順に並べてみると、62のうちの最も解約しやすいグループと、解約しにくいグループの間には約9倍の開きがありました。これは、解約率が高い加入翌月に、どのグループを優先して解約抑止策を行うべきか、またどの様な内容で実施すべきかを決めるのに役立ちました。

さらっと記載してあるが、これもまた相当の労力を費やした施策なはず。特定個人のお客様を深く理解→そこから要素を抽出しグルーピングという作業は、どの会社でも出来そうで出来ていないと思う。こういう労力が掛かる作業ってアウトプットの施策をイメージできてないと、絶対に続かない。この場合、セグメントごとに対応を変えたい→だから精緻なセグメントが必要、という所までイメージ出来ていたからこそ、ここまで労力を掛けられたのだと思う。

4. スーパーコミュニケーターのノウハウを解析して横展開

カスタマーサポート部がある会社の方ならイメージが付くだろうが、この人が対応すると「お客様が必ず好印象を抱く」「最初はお怒りだった方が最後は応援してくれている」というケースがあると思う。その度に話題に出るのが、CSがみんなこの人みたいだったら良いのに……ということだろう。一番できるCSの会話を解析して、横展開するという話は全く新しい話ではない。だが、果たしてどれくらいの会社が実際に実行に移しているだろう。ぼくが今までいた会社ではそこまでやっていなかったし、身近でもそこまで徹底して実行された話は聞かない。WOWOWの場合は、ここに使ったコストが並大抵ではないのだ。

スーパーコミュニケーター6人で構成されるデータマネージメントチームに、データ構築専門会社のスタッフが聞き取り調査をし、番組やジャンルに、人のどのような気持ちがマッチするのかを紐付けてシステム化するという、気の遠くなるような作業が8カ月ほど続き、番組データベースを立ち上げました。
(中略)WOWOWの番組データベースは結果的に45の設定(ロマンス、サスペンス等)、1300の気持ち(ワクワク、シュール、男気を感じる等)を持つものになりました。そして、気持ち情報が紐づいた番組データベースと、解約しやすさを基に62のグループに分けられた顧客データベースを使って、解約リテンション業務が行われるようになりました。
(中略)その結果、番組データベースの導入により、通常のオペレーションに比べ、解約撤回率は30ポイント、3カ月後の継続率は14ポイント上昇するという成果が得られました。

よくよく読解すると、CS 6人×8カ月 + 1年近く外注費用を掛けている。これも、解約率が下がれば投資分をペイする前提で行われている施策だと思うが、その意思決定に至ったのだが素晴らしい。本書には意思決定の詳細までは触れられていないが、きっと大坂氏が主導して経営陣を説得し、この先行投資を導いたはず。本質的にお客様のためになる施策を打つときは、経営+現場が連携する必要がある。その好例だと思う。

結局経営を動かせないとダメよね

CX系の施策を取り組み始めて思うけど、今までと違うこと・今まで出来ていなかったことに取り組むのは、どうしたってコストが掛かる。しかも、そのコストは大抵一部門で賄える金額に収まらない。そうなると、必ず経営レベルの意思決定が必要になる。本書のミソは大坂氏が部長という立場にあったこと、彼女を抜擢した社長さんにも解約抑止に対する強い危機感があったことの2点だ。経営からの後押しがないと、ここまで大胆な投資はできない。

今現在自社のCXに課題を感じている方の中で、経営レベルにいない人が取れる選択肢は4つだ。

1. 今の経営陣を説得して施策を行う
2. 自分が出世して経営陣になる
3. CXのことを忘れて、今の会社で他の仕事をする
4. 転職する

まず1を試してみるべき、その場合は他社事例と自社データを駆使してのストーリー設計が不可欠。見込みがないテーマに投資をする経営陣など、この世にはいない。1がダメなら2だが、これは出世に時間が掛かるケースが多いので、そこまで時間をかけるくらい今の会社が好きかは自分に問うてみたほうが良い。3はCXに強い思い入れがないなら、そうした方が平和に仕事ができるだろう。4は最後の手段。CXに情熱があり過ぎて、今の会社での出世を待てないくらいの熱量の人は真剣に考えたほうが良い。

というようなとても良い学びを感じられる本なので、ぜひご一読を!


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國分佑太

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