沖縄たび日記:ウチナーの歌と三線を探して

今回沖縄でいちばん行きたかったのが、民謡酒場なんですよねー。去年“沖縄のジミヘン”こと登川誠仁師の『ハウリング・ウルフ』ちゅうアルバムに出会って沖縄民謡が好きになった身としては、本場の歌を近くで見たい!聴きたい!感じたい!わけです。とはいえどこに行けばいいのか見当もつかないので、元同僚で現在沖縄にUターンして夜ごと民謡酒場で踊り狂っているらしいM氏にメッセして、おすすめの店をレコメンドしてもらいました。

民謡とかまったく知らないツレと安里の居酒屋「うりずん」で腹ごしらえして二次会のていで訪ねたのが、国際通りから少し入った場所にある島唄ライブ「樹里」です。

ここは飲んでる合間に立派な体格のお兄さん二人(歌三線+太鼓)がライブを聴かせてくれる店で、リクエストにも気軽に応えてくれます。ワシがすかさず「ヒヤミカチ節」(ロックっぽい三線リフがかっちょいい曲)をリクエストしたら、さくっとキメてくれました。歌も演奏もうまいわー

でも国際通りのせいか他のお客さんがリクエストするのはBEGINの「島人ぬ宝」とか「オジー自慢のオリオンビール」なわけで、それってヒ〜ヤササ♫とか合いの手入れたいだけちゃうんか、そもそも民謡ちゃうやんけとか、心の中は関西弁で毒づいてしまう。ライブの最後はお客さん全員起立で輪になってカチャーシー「豊年音頭」を踊るわけですが、それもなんだか踊らされてる気がして、なんかこう納得いかないまま店を出た。

そのまま宿に帰ってきたものの、このモヤモヤした気持ちのまま旅を終えるわけにはいかないんで、もう一軒M氏おすすめのローカル酒場「むんじゅるー」に突撃しました。国際通りから離れているせいか、客層はご近所らしき老男老女がメイン。しかも店から流れる音楽はド演歌。これ民謡酒場じゃなくてカラオケスナックじゃねえの? あわててM氏にメッセしたところ、「そうなんです、三味線ライブないときは、演歌カラオケになるのです。マスターか化粧が怖いママさんに三味線ライブ何時からか聞いちゃってください。不定期開催なので、気が乗ったらやる感じだと思います♪」とのお答え。それ先に言ってよ〜と思いつつ湯婆のようなママさんに「今日は三線ライブあるんですか?」と聞いたところ、「あと2曲待っててくれたらやるからね」てことで、泡盛を飲んで耐えることしばし。

ステージ上になぜか三線ではなくマンドリンを抱えたおじさんが登場し、無事民謡ライブがはじまった。お客さんも自発的に踊りだして、なんかいい雰囲気。何曲かやった後に湯婆がワシを手招きをして「ここは見るんじゃなくて演るところだから」とかなんとか言いくるめられ、なぜか飛び入りで1曲歌うハメに。酔っぱらいで恐縮ながら、ツレの動画を今後の戒めのために貼り置く。

なんだかんだでAM2:00くらいにまで居てしまい、帰りのタクシーで「トラウマになった」とか言われた気もしますが、すべては時の過ぎ行くままに。。。

沖縄滞在最後の夜は、北谷の「カラハーイ」というライブダイニングで女子3人ユニット「ティンクティンク&我那覇せいら」のライブショーを見る。観光客向けの場所なんであんまり期待してなかったんだけど、アイドルっぽい設定や今時のアレンジは入るものの、演ってる曲は民謡が中心で、オリジナル曲もウチナー(沖縄)語。さすが照屋林助の倅、照屋林賢プロデュースであります。

南部を回ったときに見聞きした話によると、戦時下の沖縄は皇民化教育で標準語使用を奨励されたり、沖縄語を話すとスパイと見なされたらしい。地上は砲撃でことごとく破壊され、固有の言語は禁止され、県民の4人に1人が殺されても、歌と三線と踊りは生き残ったんだねえ。つか、そういう無形の文化資産が、生きるために必要だったんだねえ。

(おしまい)

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yutaka koshiba

僕らが旅に出る理由

現実逃避しながら新たな現実を知る、旅行記
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