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江戸は燃えているか?:冲方丁 『麒麟児』

やっぱ正月読むなら時代物だよなあと本屋を物色していたら、平積みされていた黒い表紙の新刊が目に止まる。正確に言えばその帯の「勝海舟×西郷隆盛」「江戸無血開城」という文字列に、グッときた。小説に幕末ものは数あれど、江戸無血開城にフォーカスした本はいままで知らない。作者は映画化された「天地明察」などで著名らしいが、ぼくは読んだことなかった。とにかくこの絞り込んだテーマ設定だけで、手に取る価値はある。

本書は勝海舟の視点で、徳川幕府(の残骸)と新政府の和議交渉が語られていく。基本的には政治的な駆け引きが中心となるので、ストーリー自体は地味である。血湧き肉躍る剣戟や戦闘シーンは出てこない。だから今まで小説になりにくかったんだろうな。

本書のクライマックスは、「すべてを今すぐ差し出せと迫る新政府」と「できる限りの現状維持を命じる徳川慶喜」の間に挟まれ絶体絶命の勝海舟が、その頭脳と情報網と胆力を駆使して交渉を切り抜けるプレゼン場面だ。西郷との間で切り結ばれる、言葉による殺陣とも言える。全編にわたって江戸っ子啖呵が小気味よく響きわたり、チャンバラがなくても退屈せずに読み進められる。

「今このとき、ゆいいつ何の心配もいらねえことさね。無事に火が付くか、なんてのはよ。江戸は燃えるぜ。燃えるんだよ。どこもかしこも、あっという間に火炎地獄さ」

この交渉が決裂していたら、江戸城攻防戦と焦土戦術で、江戸は灰になっていたかもしれない。そうなれば今の東京も存在しないし、日本も諸外国に支配されていたかもしれない。それを思うと、無血開城を実現したこの二人の功績は凄まじい。江戸という名前と城や軍備は明け渡したが、百万江戸市民は生き残ってその後の歴史を作った。「肉を切らせて骨を断つ」とは、まさにこのことよのぅ


#読書 #本

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