「Why is Bandcamp profitable and Spotify not?」という記事を読んだ感想とか

※この記事は個人の見解であり、所属組織とは関係ありません

だいぶ前に読んだこの記事の感想を書こうと思って忘れていた。別に音楽サブスクがこんなに話題になってるときに書くつもりはなくて、ひっそり書こうと思ってたけど、このまま忘れてしまうよりは、思い出した勢いで書く方がきっといいので筆を執っている。

この2021年3月に書かれた記事は、タイトル通り「なぜ Bandcamp は黒字で Spotify はそうではないのか?」について分析している。といって、冷静にBandcamp と Spotify を比較しているというよりは、「Bandcamp がいかに素晴らしいのか」について熱く演説する、という感じの内容なので、その辺は割引いて読んだ方がいい。が、その辺を割引いてもいろいろ示唆に富んでいて面白かった。

使ったことがない人のために Bandcamp について軽く説明すると、Bandcamp は音楽の販売プラットフォームだ。音楽のダウンロード販売に加えて、CDやレコード、グッズなどのフィジカルな販売もできる。

UI がダサい、とかいろいろ言いたいことはあるけど、Bandcamp の特徴はなによりも「定価よりも高い金額で買うことができる」というところにある。例えば、0円で販売されている楽曲を100円で買ったり、100円で販売されているグッズを10,000円で買ったりできる。

「定価よりも高く? そんなバカなことする人いるの??」

と思うかもしれないけど、けっこういる。その中には、定価が1.99ドルのところ2.00ドル払う、という数字を丸めるだけのケースもあるけど、それを除くために

  • 2 セント/ペンス/etc(その国の通貨)以上余分に払ったケースのみ

  • 定価に端数がない商品のみ

  • 価格が 0 ドル以上の商品のみ

に絞ってみても、定価に上乗せして購入したケースは 17.98%(通常時)~20.72%(Bandcamp Friday時)にもなるという。金額でいうと、平均して定価の 2.33 倍が支払われている。この、「払いたい人が払いたいだけ払う」ことが Bandcamp が 2012 年以降ずっと黒字の原動力なのだ、と記事は主張している。

そして、翻って、Spotify は「どれだけ払おうと思ってもサブスク代以上の金は払えない」ことが弱点だ、という。孫引きになるけど、この部分が端的だと思ったので引用すると、

As Chris Golinski, whose PhD dissertation at UC-San Diego examined Bandcamp users, pointed out to us, Spotify’s model ignores even the basic principle that 20 percent of buyers usually account for 80 percent of purchases. Instead, the value of each Spotify user is capped at a monthly subscription price. By denying buyers the possibility of direct economic relationships with sellers, Spotify has no choice but to continue to pursue its delusional, illegal, stupid business model (略)

(超意訳: Spotify のビジネスモデルは「売上の80%はたった20%の顧客から生まれる」という基本的な法則を無視している。Spotify のユーザーの支払いはサブスク代を上限に制限されている。お金というのは販売者と関われる可能性を拓くものなのに、Spotify はそれを否定するばかげたビジネスモデルしか選ぶことができない)

という感じに辛辣だ。

この記事の Spotify への評価はちょっと感情がこもりすぎてるので真に受けすぎない方がいいけど、「サブスク代以上の金は払えない」という指摘はわりとクリティカルだと思う。実際、安定して黒字になるにはもっと付加価値をつけた方がよさそう、というのは割とみんな意見が一致するところなんじゃないだろうか。付加価値、といったときに、Amazon みたいな色んなサービスをやってるところは総合力で勝負、という手があるけど、音楽一本でやるなら Bandcamp みたいな課金経路あったほうがよくない?

個人的に、Spotify のコアコンピタンスのひとつは課金のシステムを自分で握っている(Apple や Google に頼らない)ことだと認識しているので、Bandcamp はともかく、コロナ禍初期に Bandcamp Friday みたいなことはできてほしかった。それは、「音楽産業がピンチの時は支えるべきだ!」という倫理的な話ではなく、競争力、という意味で、鋭く尖った課金テクノロジーが爆誕してほしかった。期待し過ぎなのかもしれないけど(追記:そういえば COVID-19 Music Relief とかはやってたな、と思い出した。まあでもあれは外部の団体だよりなので)。

記事では否定的だけど、アーティストをファンが支援できる、という手段としては当然まあ NFT というのが一つの選択肢になってくるだろう。個人的には音楽 NFT には期待してないし、Spotify も自分で NFT マーケットプレイスを運営するつもりはなさそうだけど、この辺はよくわからないのでコメントを控えたい。

Bandcamp が完璧なサービスだとは全然思わないし、Spotify ほどスケールするとも思えない。でも、「払いたい人が払いたいだけ払う」ことの重要性というのはいちおう頭の片隅に置いておきたい。

その他思うことをついでに書く

思うことその1

以下の記事でよくわからなかった点として、「成長傾向が続くグローバル」っていうグラフのストリーミングの伸びは、けっこうな部分が「音楽産業」というよりは「IT 産業」として投資を集めてる分なんじゃないのか?、と疑っている。原資があればプロモーション打ったりして売上はどんどん上がるだろうけど、利益がどうかはまた別じゃない?という。

まあ、たとえそうだとして、「音楽産業」から「IT産業」を引いた部分がどんどん衰退していってるなら、投資が集まらないよりは集まった方がいいので、別に本筋にはあんまり関係なくて、ただ「Spotify 調達額」とかで検索しても規模感がよくわからなかったので気になってしまった。詳しい方いれば教えてください。

思うことその2

冒頭の記事の文脈で言えば、サブスクか CD か、みたいな二項対立は本質じゃない。CD も決められた価格以上は支払えないわけで。ただ、サブスクに CD よりも懸念点があるとすれば、レーベルや音楽代理店の力がより強い、というのがあると思う。

CDは、「そんなこと言うならうちはおたくの店舗から商品ぜんぶ引き上げます!」みたいなことは難しい。なぜなら CD は物理的に存在しているので。引き上げるといっても一瞬で消え去る、みたいなことにはならず、人手と物流コストが発生する。一方で、サブスクならそういうことが起こりうるし、実際に起こった事件をいくつか知っている。K-pop の楽曲が大量に消えたり、

Four Tet がレーベルともめてサブスクから自分のアルバムを全部消されたり(ただこれは CD 時代の契約がおかしかった、みたいなちょっと複雑な話ではある)、

みたいなことがあった。昔と比べてどっちがひどい、みたいな比較はできないけど、この辺のパワーバランスがどうなっていくのか、というのは結構気になっている。

参考資料

ちなみに、記事の分析に使われた Bandcamp の売り上げデータは以下に公開されている。気になる人は自分で分析してみるといいかも。


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