Nシステム

こうして監視社会は始まった(上)

小説が現実に

 ジョージ・オーウェル(イギリス)の『1984年』(1949年刊)という有名な小説がある。

「1984年、警察がテレスクリーン(テレビとビデオカメラが一体化した装置)を使って国民の行動を監視し、思想からセックスに至るまで管理している」という設定で物語は始まる。

 その非人間性に主人公らが反抗をくわだてるが、警察の強大な監視網から逃れられず、救いのない結末を迎える。

 このような社会が現実の1984年に存在しなかったことは確かだ。しかし、当時から監視社会は確実に到来しつつあった。

増え続ける監視カメラに慣らされた現代人

 2000年2月――。

 渋谷駅前のハチ公広場は待ち合わせのメッカだ。週末になると、数百人もの男女が集まってくる。

 と同時に監視カメラのメッカでもある。ハチ公広場周辺には9台のビデオカメラが取り付けられている。

 渋谷駅前交番の上に1台、109-②(商業ビル)脇の鉄柱に3台、その交差点の対角線上の鉄柱に3台、しぶちか(渋谷地下商店街)宇田川口の上に2台。

 最後の2台は、1台がNHK、1台がQ-FRONT(商業ビル)の所有だ。それぞれハチ公広場の現在の風景を撮り、テレビ(NHK)や自ビルの大型スクリーン(Q-FRONT)で放映している。

 残りの7台は警察が管理する監視カメラである。NHKやQ-FRONTのビデオカメラに比べるとかなり小型だ。

渋谷カメラ

緑丸に1台、赤丸に2台、警察の監視カメラがある。

 監視カメラを気にする通行人は皆無だ。いや、監視カメラの存在自体に気がついていないのかもしれない。実際、私のまわりでよく渋谷へ行く人間たちにきいても、「ハチ公広場に監視カメラなんて、あったっけ?」とけげんそうな顔をするばかりである。

 とかく現代人は監視カメラの存在に慣れてしまっている。銀行やコンビニエンスストア、駅の改札口など、至る所で監視カメラを見かけるから、いちいち気にしてもいられない。たとえ監視カメラのレンズが自分のほうを向いていても、よけたりする人はいないだろう。

 民間が設置するビデオカメラは使い方がハッキリしているし、設置場所も自分が所有か借用しているところだから、問題は少ない。

 しかし、警察の監視カメラは何の目的かよくわからず、街頭で不特定多数の人間を撮影している。これがプライバシー侵害にならないはずがない。

 警視庁広報課では、監視カメラの設置目的を「交通の渋滞状況を調査するため」と説明する。そうはいっても、ハチ公広場周辺に7台も監視カメラが必要だろうか。クルマではなく群衆を撮影するからこそ、これだけ多くの監視カメラが設置されているのではないか。

 監視カメラのある交差点は「(都内)295地点」(警視庁広報課)というが、監視カメラの台数にすれば、その何倍にもなるはずだ。

 1990年7月、大阪市西成区の住民らが警察の監視カメラの撤去と損害賠償を求めて大阪地裁に提訴した。プライバシー侵害が正面から争われた事例である。

 裁判では、監視カメラの映像が送られる大阪府警西成署の検証も行われた。その結果、監視カメラはズーム機能を持ち、通行人の顔から民家の中まで、鮮明に映し出すことがわかった。

 にもかかわらず、1994年4月の大阪地裁の判決は15台の監視カメラのうち1台の撤去しか認めなかった(損害賠償請求は棄却)。それ以外の14台は「警察の裁量」というのだ。

 住民、大阪府(大阪府警)の双方が控訴、上告したが、1審判決は変わらなかった。多くの国民同様、裁判官も監視カメラのプライバシー侵害に鈍感である。

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寺澤有

1967年2月9日、東京生まれ。 大学在学中、自動車雑誌『ニューモデルマガジンX』でジャーナリストとしてデビュー。 警察官、検察官、裁判官、自衛官などの不正を追及し続けている。 2014年、国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」から「100人の報道のヒーロー」として表彰された。
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