いつもWIREDに驚かされてきた

 『いつも未来に驚かされていたい』そんなタイトルで公開されたWIRED 日本版プリント版休刊の知らせは、あまりに唐突だった。
>いつも未来に驚かされていたい:『WIRED』日本版プリント版刊行休止に関するお知らせ

 WIREDが好きだった。WIREDが2ヶ月に1回リリースする特集の切り口はとても独特で、時代の流れを汲み取りながらも迎合せず独自のメッセージを打ち出していたように思う。

Vol.1 FUTURE
Vol.2 STEVE JOBS
Vol.3 BUSINESS
Vol.4 BIOLOGY
Vol.5 EDUCATION
Vol.6 GAME
Vol.7 WORK
Vol.8 MUSIC
Vol.9 OPEN GOVERNMENT
Vol.10 FUTURE CITY
Vol.11 SMART INNOVATION
Vol.12 COFFEE & CHOCOLATE
Vol.13 FASHION DECOED
Vol.14 FUTURE OF DEATH
Vol.15 DESIGN
Vol.16 FUTURE OF MONEY
Vol.17 NEW FOOD
Vol.18 STAR WARS
Vol.19 kotoba-no-mirai
Vol.20 A.I + CITY
Vol.21 MUSIC / SCHOOL
Vo.22 BODY & HEALTH
Vol.23 GOOD COMPANY
Vol.24 NEW CITY
Vol.25 THE POWER OF BLOCKCHAIN
Vol.26 WIRED TV
Vol.27 Before and After the science
Vol.28 Making Things
Vol.29 African Freestyle
Vol.30 IDENTITY

 そんなWIREDの中でも特に大好きだったのは編集長の若林恵さんが出すEditor's letterだった。

 最近では『おっさん v.s. 世界』と題したEditor's letterがバズっていた。
>おっさん v.s. 世界〜雑誌『WIRED』日本版、最新号VOL.30の発売に際して、編集長から読者の皆さんへ

"アイデンティティやダイヴァーシティが語られるとき、おっさんは、常に「敵」として立ち現れてくる(というか、この文脈で「敵」として立ち現れてくる存在は、それが女性であれ若者であれ、すべておっさんとみなしうる、ということでもある)。けれども「敵」とみなしているだけでは事態はかえって悪くなるばかりだ。" 
(おっさん v.s. 世界〜雑誌『WIRED』日本版、最新号VOL.30の発売に際して、編集長から読者の皆さんへ)

 世代間の争いやジェンダーをめぐる争い、右翼と左翼の争い、誰かを敵にすることはとても簡単だ。敵をつくりだし、そんな敵に向き合う「わたしたち」という実体のない大きな主語をつくりだす。「わたしたち」なんて存在しない幻想にすぎないのにだ。そんな警鐘を、カジュアルにサラっと提示する様はとてもカッコよかった。

 2017年1月3日に出されたEditor's letterはメディアの世界に対しての強いメッセージが込められていた。
>「ニーズ」に死を:トランプ・マケドニア・DeNAと2017年のメディアについて

 2016年、アメリカではトランプ政権が生まれた。そこから見えたのは「分断された社会」であり「ポスト・トゥルース」な社会だった。
 国外ではフェイクニュースが話題に上がり、日本国内ではDeNAの運営するWELQの悪質さが糾弾された。そんな2016年を終えて、迎えた新年。若林恵さんは『ニーズに死を』という強いタイトルに見てとれるように、現代のメディアの収益構造へと切り込み、ニーズばかりを見るメディアへの憤慨を露わにした。

"どちらかというと(と言うよりは完全に)オールドスクールメディアの出身で、デジタル界隈の人間がする「PV」やら「アクセス数」やらの話に長らく辟易してきた経験からすると、彼らのロジックの厄介さは、それがまさに、トランプ/マケドニアの例がそうであるように、そこで生成され消費されるものが、どんなに「ゴミ」であっても「ウィンウィン」が成立してしまうところにある。そして、最も浅はかな連中は「ウィンウィン」であることをもって、それが「善」だと言い張るのだ。"
(「ニーズ」に死を:トランプ・マケドニア・DeNAと2017年のメディアについて)

"発した言葉がすぐさま無効化されていく「ポスト真実」の世界では、すべてが虚しく、すべてが堂々めぐりでしかないのはわかっている。それでもあえて、と思うのは、読者や社会というものを信頼し、期待し続けるのがやっぱりパブリッシングというものの本分だと思うからで、そう思っていれば、たとえ人には負け戦にしか見えなくても、やっている方は案外元気でいられるものなのだ。"
(「ニーズ」に死を:トランプ・マケドニア・DeNAと2017年のメディアについて)

 読者や社会を信頼し、期待し続ける。とてもシンプルだけれども、不安で踏み出せない一歩を目の前に差し出してくれていた。
 綺麗事なのかもしれない。けれども、読者や社会を信じず、期待しないままに生み出される言葉を僕は読みたくない。

 『「ニーズ」に死を:トランプ・マケドニア・DeNAと2017年のメディアについて』で幕を開けた2017年は奇しくも『いつも未来に驚かされていたい:『WIRED』日本版プリント版刊行休止に関するお知らせ』で終わろうとしている。少々大げさかもしれないけれど、一つの時代の終わりを象徴しているように感じてしまう。

"──こんなにムキになんのかって思うくらいの激しさでしたもんね。

たかだか雑誌にね(笑)。でも、血が逆巻くほどムキになる仕事があるってのは、他人にどう思われようと、楽しいもんだよ。とはいえ、それも、たまたまそういう仕事に出くわしたってだけだけど。いいタイミングでその場に居合わせて、たまたまいいスタッフと読者に恵まれて。自分で何かをやったというよりは、ラッキーだったという気しかしない。

──またまた。

ほんとだよ。自分が手がけたプリント版の最後の号になる最新号のなかで、熊谷晋一郎先生が、ヴィクトール・フランクルっていう精神科医の考え方を説明してて。「あなたが人生に何かを期待するのではなく、あなたが人生から何を期待されているのか考えること、(フランクルは)、それが『責任』 なんだと言ってるんです」。言われてみれば、そういう意味での「責任」を果たそうとがんばってきんだなって感じはする。

──哲学者の國分功一郎さんとのマッシュアップ対談で、意志と責任をテーマに語っているくだりですよね。

そう。で、驚いたことに、メジャー・レイザーのキューバ公演を追った『Give Me Future』っていうドキュメンタリー映画を観てたら、映画に登場するあるキューバ人女性がまったく同じことを言ってるの。「わたしは人生に多くを期待はしない。むしろいつも人生に驚かされていたい」って。

──へえ、面白い。

イリイチは晩年に「『未来』などない。あるのは『希望』だけだ」って言い遺しているんだけど、これも、なんかだか似たようなことを言ってるようにも思えて。未来に期待をして、予測をして、計画をしていくことで、ヒトも人生も、開発すべき「資源」や「材」とされてしまうことにイリイチは終生抗い続けたんだよ。

──単に「お先真っ暗だから、せいぜい希望をもつくらいしかできない」って意味じゃないんですね。

未来──あるいは、ここでは人生って言ってもいいんだけど──にやみくもに期待しつづけることから脱けだせなかったら、ヒトはいつまで経っても未来というものの奴隷なんだというのが、その本意だと思う。そう考えると、「いつも人生に驚かされていたい」っていうのは、まさにそこからの脱却を語ったことばなんだよね。めちゃめちゃ感動した。

──それは観ないと。

メジャー・レイザーのこの映画の配信がはじまったのが今年の11月だったんだけど、2010年の冬にアートディレクターの藤田裕美くんと新宿の喫茶店で、どういう雑誌にしようかって最初の打ち合わせをしてから実質丸7年間『WIRED』に関わり続けてきて、最後にたどり着いたのがこの言葉だったっていうのは、ちょっと、なんか、気分がいいんだよね。" 

(いつも未来に驚かされていたい:『WIRED』日本版プリント版刊行休止に関するお知らせ)

 僕自身、WIREDに驚かされてきた人間の一人だった。できることならば、もう少しだけWIREDに驚かされていたかった。
 絶対にイノベーションとした方が打ちやすいのに頑なに「イノヴェイション」と表記するところすら愛おしい。
 未来に期待し続けることから抜け出すこと。期待して待ち続けるのではなく、自分の手で未来をつくっていくこと。そこで出会う偶然を最大限に楽しむこと。そこに垣間見えるのは、どこまでも前のめりで、目の前の物事に向き合う姿だ。

 WIREDは唯一と言っていいほど、発売されれば決まって手に取っていた雑誌だった。未来を見据えながら、今の社会に切り込んでゆく、あのEditor's letterが読めなくなるのはとても寂しい。


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千葉雄登

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