【触れたもの_32】1995年1月・神戸

精神科医・中井久夫が1995年1月に起こった阪神淡路大震災直後の医療の現場での日々を綴る。

"一般にボランティアの申し出に対して、「存在してくれること」「その場にいてくれること」がボランティアの第一の意義であると私は言いつづけた。私たちだって、しょっちゅう動きまわっているわけでなく、待機していることが多い。待機しているのを「せっかく来たのにぶらぶらしてる(させられている)」と不満に思われるのはお門違いである。予備軍がいてくれるからこそ、われわれは余力を残さず、使いきることができる。"

全国から集まった精神科医。一人ひとりが一大決心をして神戸へと集まった。しかし、必ずしも現場で医療行為を行うことだけが彼らの仕事ではなかったよいう。むしろ、後ろに控えている時こそ、彼らの価値が発揮されていた。「存在してくれていること」の意義とはそのまま、まなざしが向けられていることの価値だ。

"周囲が倒壊し、死者を出している中で一軒だけ無事であった家の人が「済まない」という気持ちから抑うつ反応になっているという、理解しうる例がある。"

ある患者は生き残ったことを苦に思い、抑うつ反応を抱いていた。

"東京都下・青木病院からのH医師の面接は特に喜ばれ、逆に被災者からぜひといってお菓子や果物を「また貰っちゃった」と言って持ちかえってきたが、これは避難所に物が余りだしたわけでは決してない。感謝の気持ちを全財産をなくした人はとにかく表したかったのである。"

「この状況にあって「ただでものをもらう」ことに抵抗を感じていた」という風に著者は推測する。「安易に押しかけても被災者は救えない」と語る。

この本を通じて見えるのが被災という体験の複雑さと、そこにおいて手を差し伸べる難しさだ。「誇り」や「プライド」といった尊厳を失うことなく、一人の人として生きていくことを可能にするための関わり方とは何か。考えるヒントが記されている。


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千葉雄登

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