2015.10.9~10.12熊野旅行

◎1日目◎

仕事が終わってからJR大阪駅に向かい、旅の同行者であるサナエ氏と合流。ここからバスで白浜まで向かう。バスの出発は19:35。到着は23:05の予定。およそ3時間半ほどで白浜までいけてしまうのだ。

前回熊野に行ったのは大学生の時。青春十八切符で半日かけて熊野まで行った。しかも一泊二日だからほんとに弾丸ツアーだった。

バスで軽トラの凄さについておしゃべりしていたらあっという間に白浜に到着。

バスセンターの近くに24時間営業のダイエーがあったため、夜食でも買おうと、寄る。

わたしは上着を持ってこなかったのでユニクロクオリティくらいの上着があれば買おうと思っていた。こういう街のダイエーなら食料品だけでなく衣料品や一通りの消耗品なら手に入るはずだ。

案の定、衣服コーナーがあったけど、なぜかパジャマやスエット類、あとは下着のみだった。仕方ないので男性ものっぽいFILAのトレーナーを買う。サナエ氏に「ダサトレーナー」と呼ばれるが、購入直後に着る。

予約していた民宿はすぐ近くだった。その名もアイドル。予約の電話の時、民宿のおっちゃんも恥ずかしいのか、名乗らなかったからね。「はい」とだけしか言われなかったので仕方なくこちらから「民宿アイドルさんですか?」ときいたからね。

きっと白浜がパンダブームに湧く時代に名付けられたのだろう。

民宿アイドル以外にも白浜は歩いてみるとパンダブームの華やかなりし時代の遺物がたくさんみつかる。時代に取り残されたリゾートホテルやペンションはその多くが現在廃屋になっているようだ。

この時代に取り残されて打ち捨てられた感。そしてパンダブームの時代はよかった、といつまでもパンダに縋りつく諦めの悪さみたいな感じ。嫌いになれない。
「君を見てるだけしかできないけど見てるだけで伝わるよ〜♪」と歌いながら、就寝。

◎2日目◎

次の日は7時に目覚ましをセットし、朝イチで自転車をレンタル。

ボロいママチャリで心もとなかったが、とれとれ市場まで行く。

飲食コーナーは朝10時かららしく、早すぎて食べれなかった。残念。練りものと珈琲でモーニング。うまかった。

地域の名産品とかいろいろな海鮮があって試食もたくさんある。この時点でもうテンション爆アゲである。とれとれ市場内でエンドレスリピートされてる「とれとれとれとれと〜れとれ市場〜」というテーマソングを思わず口ずさむ。

紀伊の男性はそれこそ中上健次の小説に出てきそうな、生命力高そうな人が多く、ドキドキする。
マグロをさばいていたお兄さんも素敵だった。

お兄さん「10月10日はマグロの日ですからね〜」

私達「10月10日マグロの日なんだって〜」

お兄さん「そうだよ〜覚えて帰ってってね〜」

ヤバげなアピアランスしてながらこのゆる〜い感じ。旅の途中に出会った男性の多くに共通していた気がする。


とれとれ市場を後にした一行(二人だけだけど)は次に南方熊楠記念館へと向かう。

記念館は白浜の岬に位置している。とれとれ市場が山のほうだったので民宿からはぐるっと移動するような動きになる。

道中、なんだかヤバげなお土産物屋を見つけた。店先に白いサンゴや大きな貝殻がガラスケースに入れられている。興味をそそられみていると店の中からおじさんが出てきて中も見てけという。

このおっちゃんがよくしゃべる。曰く、自分は有名人でテレビにもよく出ている。曰く、ここは税金対策のための趣味の店だ。マニアが全国から来る、、、等々。

白浜以外、海外のいろんなところから集めた珍しい貝が所狭しと陳列されている。何年も前からあるようなおみやげ物も申し訳程度においてある。

このおっちゃん、本業は道を挟んだところにある梅干し屋の社長であるらしい。山崎屋といって、たしかにテレビでよく紹介される有名な店らしいね。

梅干し屋のほうも案内されたがまあとにかく話が長い。適当に流していたが一時間くらい足止めをくらっていた。

サナエ氏が梅干しを買ったところで解放していただき、一路再び熊楠記念館へ。

海岸線をずっと進んだところに熊楠記念館があった。近くには京大の水族館なんかもあり、観光客も多いみたい。

熊楠記念館は小高い丘を上ったところにある。坂を昇る途中も南国チックな植物が茂っていて、とても気持ちが高まるね。

記念館の展示は熊楠の生涯をたどるような感じです。子供の頃に必死に書写したという本草綱目からはじまり、採集した植物や粘菌の研究、熊楠の人となりまで知れる充実の内容であった。

粘菌以外にも民俗学の分野にも触れているし、粘菌のことも素人にわかるように説明してくれるし、多岐にわたる熊楠の思想が数珠つなぎのようにつながっていることもよく理解できる。

神島での天皇陛下へのご進講の際に熊楠が粘菌を差し置いて海蛇の話をしたことや、キャラメル箱に入れた標本を天皇陛下に献上したこと、いつもは着流しなのにその日だけはフロックコートをきて正装したこと、神島から帰って来てすぐに写真屋さんに飛んでって妻と一緒に記念写真を撮ったことなど、その時が熊楠にとっていかに晴れの時だったか、彼がどんなに高揚し、ハシャイでいたかも伝わってきて思わず笑ってしまう。

熊楠が

一枝も心して吹け沖つ風
わが天皇(すめらぎ)のめでまし森ぞ

と歌ったのに対して、熊楠の死後、アンサーするかのように

雨にせふる神島を見て
紀伊の国の生みし南方熊楠を思ふ

と陛下が詠まれたというのも泣ける。思わず「陛下…ありがとうございます…」と言ってしまうな。
あと個人的に(全部個人的だけど)男根みたいな形のキノコを熊楠が気に入ってホルマリン漬けにしたやつを展示してたのもウケた。「これ、男根みたい!」つってテンション上がって残してたスケッチもよかった。

とにかく熊楠という人のチャームポイントがたくさん知れる、熊楠という人がもっともっと好きになってしまう展示だった。

実際サナエ氏はその日一日口を開けば「熊楠…」と言っていた。果ては「熊楠の顔をたくさん模写したい…」「熊楠が歩いているところをみたい…」と言い出した。

記念に「南方熊楠叢書之印章」のスタンプがあったので持ってきていた「エロスの国・熊野」に押印した。それから南方マンダラTシャツを購入。これがまたかっこいい!

(撮影:サナエ氏)

自転車を返し、バスでJR白浜へ。同じバス停に、昨日わたしが買ったのと同じ超かっこいいトレーナーを着たおっさんがいてテンション爆アゲ。
駅に着いてから電車の時間まで二時間くらいあったので雨がそぼ降る中、駅のまわりをぷらぷら歩いたり、アイスを食べたりして時間をつぶす。

電車に乗ってからは1時間くらい移動し、紀伊勝浦に到着。駅から近くの「はな」という宿に宿泊。こちらは素泊まり3300円ととてもリーズナブルだったのでほんとに寝るだけの宿と思っていたんですが、かわいらしいお姉さんが一人できりもりしている様子の、細かい気配りが行き届いたとても素敵なお宿でした。アメニティやお茶の用意もあるし、お部屋もお布団もとても気持ちよくて。宿泊客が多くてお風呂はちょっと慌ただしかったけど。あと隣の部屋のいびきと朝からうるさい家族がいたのには閉口してしまいましたが。

晩御飯はお姉さんに教えてもらった「桂城」というお店に行きました。さかなクンさんの色紙があった。

店の前にはなんか異様に存在感のあるおっちゃんが偉そうに立っていて、どうやら店の人ではないようだけど「二名さまこちら」と何故か案内される。

どうやらさっきまで店先で解体ショーをしていたらしく、それの人だったらしい。その後も食事している間その人の解体トークが聴こえてくる。

そんな中、お料理はとってもおいしかった。マグロ定食(1600円)をオーダーしましたが、マグロのカツや焼いたのやお味噌汁やそぼろなどいろんなものをちょっとずつ食べれるのが女子的にうれしい。もっと食べれるようだったら他にも色々注文してみたかった。

ところで勝浦という地名を発音すると「キャプテン・カツーラ」と言いたくなる。どうでもいいが。

夜はかなり雨が降っていて、寄り道せず宿に戻る。寝る前にお気に入りのの二次創作についてオススメし合い、就寝。


◎3日目◎

めちゃめちゃ後ろ髪引かれる思いでチェックアウトギリギリまでお宿で過ごす。雨も降ってたし。すごくいいお宿だしもう一度来たい旨をお姉さんに伝えて宿を発つ。

日曜日で勝浦の漁港では朝市をやっている。朝ごはんを食べようとそこへ向かう。

足湯があるので少しあたたまってから市に行くとちょうどマグロの解体ショーをやるところで、オーダーがストップしており、マグロがお預けになってしまった・・・。

まあ、解体ショーを楽しもうじゃないかと見ているとそこに登場したのは昨日晩御飯のお店で偉そうにしていたおっちゃんじゃないか。まさかここで伏線回収されるとはおもわなかった。おっちゃん、さすがサマになっていた。

1時間ほど電車に乗車し、三重県の有井というところに来る。ここにはゴトビキ岩と対になる花の窟神社があるのだ。

巨岩フェチのわたしとしては前回の熊野の旅の時から行きたいと思っていたところであった。

花の窟神社にはイザナミノミコトの墓がある。イザナミノミコトは火の神であるカグツチノミコトを産んだ際にその火でホト(女陰)を焼き死んでしまう。花の窟はその女陰を思わせる巨大な陰石を祀っている。年に一度その岩から海にかけて縄がかけられる神事がある。つい数週間前にその祭りがあったらしい。

HPや本などでこの神社のことを調べていたけど、いまいちどんなものなのか、写真をみてもよくわからなかった。しかし、実際に目にしてからその理由がわかった。写真にはその全貌が収まらず、その場に行かないとその全容がわからないからだ。

鳥居をくぐるとなんとも不思議な雰囲気があり、その巨岩の姿に圧倒されてしまう。

人はまばらにいたけど、なんだか“静か”な場所だ。時間も忘れて佇んでいたくなる。時間を知らせる「エーデルワイス」の曲の時報が流れる。

巨岩には木々や苔や草などが生い茂り、森のようになっている。雨に濡れたそのしげみと、草木が生えぬそのくぼみはまさに女陰のよう。ケイトウの花が備えられているのも美しい。向かい合うようにカグツチノミコトの墓もあり、そちらにも小さな岩がある。

花の窟はおみくじやお守りもかわいらしかった。お祭りの時にはたくさんの花がかけられるらしい。そういえば神社のすぐ向かいには海をバックに花屋さんがあった。

花の窟にはセンスのいいお茶屋さんもあり、珈琲とお団子で一服する。いつまでもまったりしていたかったが、電車の時間がせまり、ダッシュする。

有井から再び県境を超えて新宮へ。前回の旅でもたくさんの感動をくれた新宮に再び帰ってきた。新宮。電車を降りると「歓迎」の文字。新宮がわたしたちを迎えてくれている。ありがとう。新宮。

駅を出ると前回の閑散とした雰囲気とは打って変わって人が集まり賑やかな様子!なんということでしょう!

どういうことかというと新宮まつりといってちょうど駅前でお祭りをしていたようだ。市民の方たちがダンスを披露するお祭りのよう。思いがけず新宮の人々のいきいきとした様をみられてテンション爆アゲである。近くのみかん屋さんで一袋みかんを買って食べながら見物する。まじ楽しかった。

バスの時間が来たので名残惜しかったが駅前を離れる。前回バスに乗り遅れた教訓を活かすのだ。

バスで本宮まで向かう。乗車時間は一時間半くらいかな。とにかく熊野の旅は移動に時間がかかるぞ。まあ、移動の時も車窓からの眺めが楽しい。前回は新宮高校の高校生が丁度帰る時間でとってもがやがやしてて愉快だった。今回は私達ともう一組しか乗っていなかったけど。

前回の旅では速玉大社と那智大社しか行けなかったのだ。念願の本宮大社。

が、正直二人とも本宮はあまり好みではなかったかな。本宮としての威厳を出そうとしてるんだけど、変に色気出しすぎてて、スベってる感じだった。サッカーとかに便乗してる感じとか「天地人」みたいなのもダサかったし。

本宮はさっとみて二人とも興味津々な大斎原に行く。もとも本宮はこちらにあった。しかし熊野川の氾濫により流されてしまったらしい。大斎原の鳥居は日本最大の大きさで、黒くてとてもかっこいい。

畑の中に巨大な鳥居がある感じも超COOLだしね。熊野川の中洲に位置する大斎原。むしろずっと流されなかったのが不思議なくらいだ。まさに熊野信仰の源流といった土地なのだろう。

旅の参考図書「エロスの国・熊野」によると「根の国」はこの大斎原を中心とした熊野一帯のことなのではないかとかんがえられるそうだ。

たしかに、この時の曇った天候もあいまって白い石がごろごろする岸と河をみていると彼岸の世界を思わせる。

大斎原を後にし、再びバスにのって今晩の宿がある湯の峰温泉へと向かう。バスの一番前の席に座ったのだが運転手さんがなかなかユカイな人でおしゃべりしてくれた。

すっかり日が暮れた湯の峰温泉に到着。前回はバスに乗り遅れて明かりのない山道をずっとあるいて来たのだが今回はそれに比べるとずっと余裕がある。

宿は前回と同じ「まるや」ここが最安値なのだ。お湯が源泉から一番近いらしいし。

200円の公衆浴場に行くとお客さんはおばあちゃんがひとり。ゆっくり過ごせた。まあ、お湯が熱くてあまりゆっくり入ってられないんだけど。

お風呂を出た後は浴衣でぶらぶら。一軒だけある食堂でアイスを食べたり。

私「はー、今日も楽しかったなー。明日はもーっといい日になるといいね、ねっ!ハム太郎!クシクシ、てけっ!」
サナエ「…。」

寝る前にもう一度宿のお風呂に入って身体をあたためて眠る。この夜はさすがによく眠れた。寝る時のこと覚えてないくらい。

◎4日目◎

昨日はすっかりアマテラスの機嫌を損ねたようだったけど今日は絶好調のお天気だった。

曇り空の熊野も雰囲気があるが、やはり晴れてるのが一番気持ちいい。
朝起きてもう一度お風呂に入って、9時に宿を出る。バスの時間に余裕があるため、湯の峰を探検する。東光寺のお茶屋でモーニング。わたしはコーヒーとトーストだけどサナエ氏はコーヒーとめはり寿司というチョイス。茶屋のおっちゃんも思わず苦笑。めはり寿司、前回散々Disってたけど、普通にひとつかふたつ食べる分にはたしかに美味しい。でもコーヒーとの組み合わせはどうなんだ。

コーヒー美味しかった。熊野で飲むコーヒー全部はずれなしだった。私の持論では水がいい土地だと大抵コーヒーは美味い。

温泉卵も買って茹でる。15分ほどまって食べると黄身がホクホクしてとてもおいしい卵ができた。わたしは人生初の温泉卵。たしかにうまいな〜感動。サイコーのモーニングになりました。

まだ時間があるので小栗判官ゆかりの史跡を探したり、湯の峰王子まで古道を歩いたりと探検してみた。前回は全然古道を歩けなかったのでよかった。とにかく天気が気持よくてほんとにすばらしい湯の峰の朝だった。

バス移動中の熊野川も美しい。深いエメラルドグリーンだ。

神倉神社の最寄りで降りてゴトビキ岩を目指す。

神倉神社の石段は二度目ということで前回に比べると余裕があったな。それでも息切れするほどハードだったけど!神倉神社から見おろす熊野灘、新宮の町並みに達成感を覚える。無事にたどり着けてよかった。

上りよりも下りはさらにハードだ。お燈まつりでは新宮の男たちがこの石段を猛スピードで駆け上がり、駆け下りていくらしい。つまり、どういうことだってばよ。

花の窟神社が女性らしく花やかでたおやかで、しずかな神社なのに対して神倉神社はまさに男の神社だ。火のたくましさや岩の荒々しさ。

神倉神社から速玉大社のほうまで歩く。昔から続いているんだろうなというような景色がある。小学校の近くに絵に描いたような駄菓子屋があってテンション爆アゲになってしまう。おばあちゃんからアイスを買い、食べながら歩く。

かつて「南国の宝石」と呼ばれるくらいにきらびやかだったという旧料亭街、大王地を歩く。現在もスナックや飲食店が立ち並んでいていい雰囲気です。

昼ごはんは「東宝茶屋」というお店で。ここでついにお寿司を食べる。白浜でも勝浦でも食べそこねたからね。念願である。

肉厚でとってもおいしかった。

新宮の町をさらに歩き、かつて「路地」と呼ばれていたエリアへ。

中上健次の生家跡があるとの情報だったが、立て札などみつけられなかった。人権教育センターのすぐ近くらしいのだが。もう別の人の家が建ってしまったのだろうか。

また、路地と思われるエリアも現在は団地のような2階建ての建物が立ち並んでいた。

時代の流れに取り残されたような新宮にあってこれはちょっと異様な景色であった。まるで意図的に近代化されたような。しかし、通常の団地に感じるような画一的な生活感というよりは人のナマの生活が滲み出ているような気配は感じた。大きな声で向かいの家の人に話しかける主婦の声が聞こえてきた。

さて、熊野の長いようであっという間の、短いようで一週間くらいいたような旅はこれで終わりである。ここまで長い文章に付き合ってくれたとしたら、それはありがとうございます。
最後に言いたいことは、不測の事態が起ころうと、天気が悪かろうと、食べ物に縁がなくても、我々のテンションを爆アゲにする熊野は本当に素晴らしところだということです。

(2015.10.16更新)

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ゆとぴや

僕らが旅に出る理由~てなもんや旅行記~

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