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客引きとの応酬。|キューバ56日ひとり旅 #6

ハバナ、コヒマルについで3番目の滞在地は、キューバの中央南部に位置する港湾都市、シエンフエゴス。ハバナからは230キロほど離れており、高速バスのViazul(ビアスール)を利用して、およそ4時間半で着く。

ハバナに比べると観光客は多くないが、客引きたちはたんまりいる。単純に観光客一人に対する数が多いためか、声をかけられる率は体感でハバナの10倍はある。

まず、Viazulの駅に到着してバスを降りると、民泊のカサの勧誘をしてくるオッチャンやオバチャンたちが押し寄せてくる。人気サッカーチームのリムジンバスをファンが取り囲む、といったら少し大げさだけど、そんな感じ。

バスに乗り込んでくる勢いで待ち構えており、大きな荷物が収納してあるトランクの周りもしっかり固められている。私はオッチャンらの売り文句に耳は貸さず、「No necesito.(必要ない)」と念仏のように繰り返し唱えながら、自分のザックを運転手から受け取りバスを離れた。

するとあるオバチャンが私のあとを追いかけ、一人きりになったところで売り込みを始めてきた。うん、正しい戦術ではある。あの騒がしさじゃ交渉もできやしない。オバチャンは、朝食込みでシャワーもついていて30CUCぽっきりだよ、と提示してきた。

しかしこちらはあいにくエアビー(Airbnb)で予約済み。しかも朝食込みでシャワーもついていて10CUCぽっきりだわ、と思いながら、「すでに予約しているんだよ」と言いたいのだけれど、スペイン語がまったく浮かんでこない。

苦し紛れに英語で「I already booked a casa.」と言っても、あちら様はポカンとし、キレイな家の外観が写ったビジネスカードを差し出しながら売り込みを続けてくる。切りがないので、しかたなく無視してその場を立ち去った。

駅の出口がわからず建物内を右往左往していると、待合室らしきところに行き着いた。ガラスの扉に青字で「RESERVADO」と書いてある。あ、予約はreservaうんぬんでいいんだ。あのとき「I reserved…」って言っていたら通じていたかな。あとで辞書で調べておこう……。こうやって必要に応じて言語を学び、できることを増やしていくのは旅の醍醐味だ。

駅を出て予約していたカサに向かおうとすると、今度はタクシー勧誘の嵐。最初のアンチャンを振り切っても、次のアンチャンが出てくる。お前、さっきのアンチャンを俺があっさり断って通り過ぎたのを見てないのかよ、と少しムカつきながら、あとにつづくアンチャンたちも完全にシカトして足早に駅を離れた。

しかし、困ったことにこのViazul駅は宿泊しているカサと同じ通りにある。いや、ほんとうは困ったことになるつもりはなくて、駅から近いし安くて助かるなと思い、ここを選んだのだ。

別の用事で仕方なく駅近くを通るたびに、アンチャンたちは決まって「タクシー!タクシー!」と声をかけてくる。「おはよう」とか「いい天気ですね」とか少しは他の国の言葉を学習すればいいのに、外国人と見るやいなや、タクシーの連呼。ナンパ下手くそかよ、とつくづく思う。

客引きに飽き飽きする一方で、嬉しいこともあった。

シエンフエゴスに到着して早々、エアビーで示されていたカサの地図があいまいなため、道に迷ってしまった。途方に暮れながら一軒一軒の外観とカサのマークがないかを確かめながら歩いていると、一人の客引きのアンチャンが声をかけてきた。

もちろん、うちのカサに泊まらないかと誘ってきた。また勧誘かよと思いながらも、大きなザックを背負ってウロウロしている自分が悪い、そりゃあ勧誘してくださいと言っているようなもんだよなと反省しつつ、「I reserved.」と言い断った。

すると、このアンチャンは英語が通じ、どこのカサだい?と返してきた。カサの名前と道に迷ってしまったことを伝えると、なんと「ああ、そこね。知ってる、案内してあげるよ」と言うではないか。

そんなこと言いつつ自分のカサに連れて行くんじゃないの、という疑いを持ちつつも、今は彼に賭けてみることにし、ついていくことにした。

道中、アンチャンは「もしそこが(客で)いっぱいだったら、うちに来なきゃいけないよ」と言ってきた。「だから〜俺は予約しているんだよ(笑)」と返すと、残念そうな表情を一瞬見せたので、かわいそうになり、「次シエンフエゴスに来たら、君のとこに泊まるから」と適当な嘘をついてしまった。自分も他人のこと言えない悪いやつだ。まああちらも期待していないだろうけど。

案内してくれてから1分少々で、すんなり目的のカサに到着。アンチャンは呼び鈴を鳴らし、オーナーが出てきて「ユート、ようこそ」と言うのを確認すると、あっさりと踵を返そうとする。

チップとかせびられるんじゃないかとか器の小さなことを考えていた己を大いに恥じつつ、急いで「ありがとう、助かったよ」と投げかける。アンチャンは笑顔でこたえ、自分の持ち場へ戻っていた。

部屋に入って荷物を下ろし、ベッドにダイブする。無事に宿にたどり着いた安心感と、人から親切にしてもらった嬉しさがじんわり込み上げてくる。客引きのオッチャンやオバチャンやアンチャンたちも、客としてじゃなく向き合えば、そりゃあいい人もなかにはいるさ……。

しばし寝てから、新たな出合いを求めて外に繰り出すことにした。


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