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モヒート、コカ、セニョリータ。|キューバ56日ひとり旅 #2

やはり人との交流がおもしろい。

実質1日目の7月13日は、一大観光地のハバナ旧市街を散策した。

スペインとアメリカの支配を受けた時代に築かれたコロニアルな建物が並ぶ通りを歩くと、手垢のついた表現だが、映画のセットの中にいる気分になる。

とはいえ、高揚してあまり上ばかり見ていると、野良犬(というより、キューバでは飼い犬のほうが少ないようなので、単に犬という方が正しいかもしれない)の糞を踏んでしまうので、足元の注意は怠らない。

海沿いのプエルト通りからマレコン通りにかけては、まさに映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』の光景。青やピンクの旧型シボレーが観光客を乗せて次から次へと風を切って行く。

気温は30度くらい。快晴。暑いことには暑いんだが、日本の暑さに比べるとカラッとしている。夏空を吸い込んだカリブ海を眺めていると、さらに清々しい心地になる。

いちゃつくカップルの脇で、小学校低学年くらいの少年二人が釣りをしていた。どちらも自分たちに夢中で、まったく気にしていないのが少し可笑しい。

少年たちが手にしているのは釣り竿ではなく、釣り糸を巻き付けたガムテープの芯のようなもの。糸の先には針と重りが付いたシンプルな仕掛けで、上部分を切ったペットボトルに入っているミミズのような虫を餌にしていた。

重りから少し手前の部分を人差し指と親指で掴むと、カウボーイのように頭の横でくるくると回し、狙いを定めて放り投げる。ポチャンと音がして、少し糸を流すと、あたりを確かめながら、ゆっくり巻き取っていった。

数十分眺めていたが、成果はゼロ。しかし、クラッシクカーを眺めているよりは、十分に楽しませてもらった。

旧市街から新市街につづくマレコン通りを歩いていると、ヤンキー座りをした若者が英語で声をかけてきた。怪しいなと思いながらも、タクシーの運ちゃんや物売り以外で自ら声をかけてきた最初のキューバ人だったし、別に次の予定もないので、隣りに座って話すことにした。

帽子の端々からのぞくドレッドヘアーが似合う、黒人の兄ちゃん。名前はオニー。

オニーは、「ジャパン、ビューティフル。キューバ、ビューティフル」「アイ、ライク、ジャパン」「ドゥ、ユー、ライク、ハバナ?」と続けたあと、「ユウ、アー、マイフレンド」と言って握手を求めてきた。

出た、定番のフレーズだ。「マイフレンド」は、そのあと何かをふっかけてくるお決まりの文句。ここで適当にあしらうこともできるが、話のネタになるかもなと思い、握手に応じた。話しはじめて数分で「友だち」になれるのは日本ではなかなかないことでもあるし。

やはり吹っかけはそこから始まった。

まずオニーが口にしたのは「セニョリータ」。道行くキューバの女性たちを指差し、セニョリータ、セニョリータと言う。そして、セニョリータは好きかと言う質問に、もちろんそうだと答えると、「ユー、ウォント、セニョリータ、トゥナイト。OK?」ときた。

あまりの率直な勧誘に思わず声を出して笑ってしまい、手を大きく振ってNoを示した。「ワイ?」と理由を聞いてくるが、今日は要らないよと適当に断った。キューバのセニョリータは、高くないし、最高だよ。みたいなことをカタコトだけど分かりやすい英語で言っているところを見ると、常習犯に間違いない。

セニョリータの次は「モヒート」。先程と同じようなやり取りが始まり、これから飲みに行かないか?と誘われた。これは絶対にモヒートをこいつにごちそうする羽目になるやつだ、と確信した。ここで断るのもいいが、本場のモヒートは飲みたいと思っていたし、確信を確かめたい欲もあって、誘いに乗ることにした。

入る店については、オニーの取り巻きに身ぐるみ剥がされるなんてことも想像できたので、注意していたが、表通りの角にあるオープンなバーを選んだので、そのまま席についた。

定員が持ってきたメニューを見て、モヒート一杯4.5CUC(約500円)であることを確認。いい値段だけど、ネタ代と思えば安いもんかなと思い、案の定、俺の分もいいかなと言ってきたオニーの問いかけに、笑顔で快諾した。

本場のモヒートは、日本でよくあるミントではなく、イエルバブエナという香草を使う。味覚音痴なので、うまく説明できないが、ミントよりも香りがキツくなく、上品な感じがした。

たいへん美味しく、一杯で心地よく酔った。本場であることと、非日常的なシチュエーションであることも相当に加味されているが、それも味である。

飲み終わりかけに、モヒートのおかわりやピザをオニーが欲しいと言ってきたが、これを許してしまうとズルズルといってしまうので、「申し訳ないけど、お腹いっぱいで満足したし、これ以上払えないよ」と丁寧に答えた。食い下がるかと思ったが、すんなりとオニーは諦めた。べつに悪いやつじゃないんだよな、しつこくないし、ちょっと相手するくらいなら楽しいやつじゃんと思った。年齢を聞くと、自分と同じ27だったので親しみもわいた。

しかし、次の誘いを聞いて、さすがにオニーのもとを離れようと決めた。

オニーのことをキューバで一人目の面倒なフレンドとして認めようと思った矢先、吹っかけてきたのは「コカ」だった。

セニョリータやモヒートとは異なり、小声で私に聞こえるだけのボリュームで話しかけてくる。はじめ「コカ」と聞いたときは、コーラのことかと思い、聞き返したが、そうではなかった。

ポカンとしていると、新たな単語が出てきて、それでようやく認識した。次のワードは「マリファナ」だった。そう、「コカ」とは「コカイン」のことだったのだ。

オニーは明らかに遊び人の風体だったので、酒や女の話をすることにためらいはなかったが、さすがに薬物の名が出てきたときは驚いた。出会って30分くらいのマイフレンドにヤクを勧めてくるやつなんて、ヤバいやつしかいない。

相変わらず、「こっちのコカは高くない」、「キューバでは大丈夫」、「今夜やろうよ」みたいなことを言ってきたが、ひたすらノーで押し切った。

早くオニーと別れて帰らねば。宿に帰ってオーナーと話をする予定があると嘘をつくと、「今夜か明日会おうよ。宿はどこ?」と畳み掛けてくる。

宿を知られるのはさすがにマズイなと思い、一世一代の大根演技で宿の名前を思い出せない振りをし、それっぽい適当な建物の名前を言って、オニーをぽかんとさせた。

仕方がないので、「明日またここに来るから」と伝えると、笑顔で納得し、「マレコン通りにオニーはいつもいるよ」と言って、あっさりとアディオスした。ハバナにはあと5日は滞在する予定だが、マレコン通りのあの一帯には行かないぞと誓った。

帰り道の足取りは軽かった。オニーのおかげで旅人の皮が一枚むけ、ハバナの空気に少し馴染めた気がした。

とりあえず、マレコン通りのオニーにはご注意を。

(撮られるのが気まずいのか、全部微妙な表情だったオニー。笑)

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