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連載《教え子15~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》

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 6月の中旬頃から、ウチの塾では全ての生徒・保護者と三者面談を実施する。
 当然、受験学年、問題のある生徒から優先的にアポイントを取っていく。
 ここでいう問題のある生徒とは、休みがち、宿題忘れ、小テストで泣かず飛ばず、をさす。
 同時並行して、塾長は夏期講習のカリキュラム作りも進めていく。
 だから我々講師陣は手分けして生徒を割り振り自分の空き時間に次々と面談日程を埋めていく。

 玉城彩子は俺の分担になった。
 嬉しさ半分、保護者に会う不安が半分。
 日程はすんなり決まった。
 彩子の保護者は本人に任せるから二人で決めてくださいとのことだった。
 そういうケースというのは、意外に女子に多い。
 保護者は女の子という理由で、あんまり進学についてガミガミ言わない。
 学歴で苦労している保護者は別だが、そこそこの高校に通ってそこそこの大学か短大か専門学校で良しとしている傾向が見られる。
 あともう一つの理由として、女子は自立心が男子より早く育まれる傾向があるので、自分の意志を主張して親の言うことを聞かないから、親としては「じゃあ、好きにしなさい」となる。
 仮に三者面談になっても、保護者は「本人に任せます」と、判をついたように言葉を揃える。

 彩子も自立心の強い子で、成績から判断すれば学区で二番目のB高校を狙える。
 しかしながら彩子は、
「あそこは校舎がボロボロじゃん、隣の養豚場から臭い匂いが入ってくるから、嫌なの」
「じゃ、どうすんだ?」
「S大付属にする」
「へ?お前、マジで言ってんの?」
「うん、そうだよ?なんで?」
「だって、あそこは通学に電車で1時間半はかかるぞ」
「そういうのに憧れてるの」
「1時間半に?」
「じゃなくて、新宿も渋谷も原宿も通るでしょ?」
 このアマ、そんな邪(よこしま)な考えで高校を選んでやがる。
「あのなあ、」
「先生は賛成してくれると思った。。。」
「そういうことじゃなくて、」
「それに受験は一回でたくさんなの。大学受験なんかしたくないの」
「うんまあ付属だからな、」
「そんな時間があったら、先生と一緒にいたいの」
 やべ、反応しちまった。
「ダメ?」
「いや、ダメ?って言われても、」
「じゃあ、いいのね」
「うーん、こうしよう。まだ六月だから、今日のところはいいんじゃないか。でも、ご両親には、ちゃんと筋を通せ。お金払ってくれるのは親なんだから、私立にはお金がかかるんだから。いいな」
 俺と彩子が、先生と生徒の関係じゃなかったら、もっと違った視点で、人と人との、男と女との関係性で、彩子の将来の三年間を話し合えただろう。
 しかし、その前に、俺は塾の先生として彩子の進学を見届ける役目を果たさなければならぬ。
「ねえ、先生、私、ずっと先生のクラスにしてね」
「それはどうかな、だってこのまま行けば明らかに一番上のクラスだろ」
「絶対、嫌!そうなったらアタシ辞めるから」
「わかった、わかった、んもー、塾長にはそう言っておく」
「お願いだからね、アタシ、先生じゃなきゃダメなの」
 嬉しかった。講師として俺じゃなきゃダメと言われるのが一番嬉しいものなのだ。
 しかも、彩子に言われたのだから、翼を授かったくらいに有頂天になった。
「最後まで彩子の面倒見るよ」
「ヤッター!嬉しい!」
 やべ、反応しちまった。しばし沈黙。
「ンフー」と言葉にならない声を出し、彩子がタレ目にして体をゆすり始めた。
「先生。。。」
「ん?」
「沢崎センセイ~?」
「なんだよ」
「キスして」

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